盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

松山・道後温泉に行こう②道後オンセナート~松ヶ枝遊廓~ニュー道後ミュージック編

道後オンセナートとは、道後温泉を舞台に行われる芸術祭で、2014年、2015年、2016年に続き4回目の開催。コンセプトは「アートにのぼせろ 〜温泉アートエンターテイメント〜」。日本最古といわれる道後温泉で、人と土地のエネルギーを浴び、体験することで、大人も子どもも、遠方から来る人も地域の人も、 頭も体も楽しく「のぼせよう」というメッセージが込められている。

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今回は〈オマージュ(賛歌)〉をキーワードに、約20名のアーティストの作品が道後の街を彩る。

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道後温泉本館は、保存修理工事に伴い、神の湯のみの営業。

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近くの料理屋で宇和島鯛めしを平らげて、道後温泉でひとっ風呂。いきなりアートから脱線してるやんって感じですが、温泉入りつつアート観つつ街を探索するのが道後オンセナートの楽しみ方なので、いいのです。

道後温泉本館館内は写真NGなので公式HP等を参照ください。湯治場の風情あるレトロな浴場がよかった。石造りの浴室に砥部焼の陶板画が飾られ、大きな円柱形の「湯釜」と呼ばれる湯口が鎮座する浴槽は、ここでしか見られない。お湯もサラリとしていて、でも肌に吸い付くようななめらかさがあって、さすがの一言。近所のおばーちゃん方が日常遣いしているのも良い。

火照った身体を冷ましつつ街歩き。

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道後温泉別館 飛鳥乃温泉中庭には、大巻伸嗣《つばき》と「道後雲使い集団」と建築家・バンバタカユキによる《街の中の雲》。

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振鷺亭前、三沢厚彦《Animal 2017-01-B2 (クマ)》。重さ 1.5 トン、高さ 3m を超える巨大なクマの新作。

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ホテル椿舘ロビー、鈴木康広《湯玉の気配:空気の人》。

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ホテル椿舘、鈴木康広の体験型アート作品《まばたき証明写真》(600円)。目をつむったタイミングの写真だけを撮る、嫌がらせのような証明写真。

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オールドイングランド道後山の手ホテルの一室をアレンジした、宇野亞喜良《恋愛辞典》。

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道後のレトロな風情とは一見そぐわない瀟洒イングランド様式のホテル。結婚式会場になりそう。

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ホテルが「ぎやまんガラス美術館」も運営しており、希少な江戸時代のぎやまん・びいどろや明治・大正時代の和ガラス作品を集める。西日本最多展示らしい。

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ガラス製の鳥籠、なんて繊細で、ばかばかしいほど贅沢なんでしょ。「春琴抄」で春琴が鳥を飼うのに使っていそう。

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イベント「ドウゴ”街”ダンス@道後商店街」。振付家・遠田誠とダンサーやボランティアが道後の街を練り歩くパフォーマンス。面白かった。

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椿の湯、淺井裕介《豊かさ/土の星の人》。ここもお風呂入った。明るくきれいだった。

目当てにしていた作品は大体観られた。芸術祭常連アーティストをチョイスしただけに、堅実な作品が多かった。展示会場を設けて作品をガッツリ鑑賞させるのではなく、既存施設にインスタレーションを加えて、観光客に足を運んでもらうきっかけをつくる観光特化型芸術祭だなという印象。開催エリアは狭く、1回行けば満足してしまう規模だけど、近頃道後は若い女性をターゲットにしているらしいし、そういう層はアートとも親和性が高いし、じゃあ温泉ついでにアート観てもらって1、2泊してもらおう!というのが狙いかな。若い人にとって温泉地って、温泉入る以外に昼間やることないからね。

アートのおかげで街がちょっと明るくなって、商店街に若い人が歩いてて、そのおかげかどうか、『坊ちゃん』が心底嫌っていた旧い松山の情景はほとんど消え失せていた。それが良い悪いというわけではなく、時代に合わせて街も変わって行くのだな、坊ちゃんが過ごした松山も歴史のワンシーンに過ぎないんだな。

さて、道後オンセナート自体は楽しかったけれど、真の目的はここから。花街跡探索である。記事①のプロローグで挙げた、『坊ちゃん』に出てくる「松ヶ枝遊廓」に行くことである。場所は宝厳寺前通り、通称「上人坂」。

『全国遊廓案内』によれば、遊廓が許可されたのが明冶11年で、昭和の始めごろ、朝日楼、新開進楼、夢の家等29軒貸座敷があり、内4軒が居稼ぎで、残りの25軒が送り込みとある。なかなかな規模。坊ちゃんは小説の中で「山門の中に色町があるなんて、これまでに聞いたことがない現象だ」とも言っている。正岡子規夏目漱石とともに松ヶ枝遊廓を訪れた際、 「色里や十歩はなれて秋の風」と詠んでいる。

2007年までは「朝日楼」の建物も残っており、「ネオン坂歓楽街」のアーケードも残っていたようだが、果たして――。

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現在の宝厳寺前通り。言われなきゃ遊廓だったとは気づかない人も多そうだが、なんとなく、湿った空気と静けさがニオう。

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坂の入り口には「いかにも、我が輩が遊廓建築である」といった建築が堂々と構える。

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今や大判焼きを路面販売している謎の店だが、2016年まではカフェー建築らしいファサードだったらしい。

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剥げた字で「来人」とある。潰れたスナックだろうか。

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遊廓ではないけれど、もしかしたら昔は女の人を呼べたのかと期待していまう、だって「玉」「菊」荘だし・・。

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坂の両端はほとんど駐車場となっていた。コンクリが打たれ、かつての形跡を読み取れるものは、ない。

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駐車場アート。クリープハイプ尾崎世界観による。若い女性が写真撮っていた。

 残念ながら来るのが遅すぎたようで、遊廓跡としてはほぼ何も残っていない。近所に住んでいる人も徐々に忘れていき、半世紀後には場所を特定することも難しいかもしれない。昔の写真等は下記記事に詳しい。

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センチメンタルな気持ちの中、遊廓跡から歩いて数十秒の夏目旅館へ。旅館のおかみに「若い女性が泊まるなんて・・!?今夜の宿泊者は全員男性なので、鍵閉めてくださいね」と心配されつつチェックイン。なぜかオロナミンCをもらった。

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全然ボロ宿ではなく、機能性を重視した必要十分な部屋。

めしにしましょう。昼間見かけた豚足屋に向かう。

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松山・三番町のメインストリートから外れた暗がりにほのかな灯りがともっていた。よかった、営業している。まるで大阪・西成にあるような年季の入ったディープな店構えで、その異様な存在感に惹きつけられてしまった。店内に入ると外観以上にディープでカオスな光景、そして豚骨臭!観光客っぽい若い女性は珍しいのか、カウンターの常連さんのおじさんたちに二度見された。

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狭い店内にはカウンターとテーブルが数席。壁に貼ってある年季の入ったメニュー短冊が渋い。

カウンターに座らせていただき、瓶ビールと豚足を注文した。

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突き出しのキムチはサービス。瓶ビール中500円、焼き豚足450円。

注文し、落ち着いて店内を見渡そうとした時、隣のおじさんが「どこから?ビール飲む?」と瓶ビールを奢ってくれた。まだ自分で頼んだビールのグラスも空けてなかったので、慌てて飲み干して頂戴した。入店から1分経っていないのに、松山の方=伊予っ子はずいぶん積極的である。『坊ちゃん』に登場する伊予っ子の人なつこさを思い出す。

「お腹空いてない?豚足――は頼んだか、牛ホルモン皿食べる?大将、彼女に出してやって。ビール足りてる?もう一本いこか。」

常連さんたちは4人ほど、平均年齢は60代くらいか。松山出身で、それぞれ市内外に就職して、この近くで飲食店をやっていたり、リタイアして戻って来たり、人それぞれ。幼馴染みというわけでもなさそうで、単に飲み仲間という間柄のようだった。

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口火を切って話しかけてくれた山崎さん。あれよあれよと瓶ビール5本くらい飲んだ。

おじさんたちの話に相槌を打ちながら豚足にかぶりつき、牛皿をつまむ。看板メニューの焼き豚足はしっかり焼き目が付いていて香ばしい。塩分強めのしっかりした味付けで、噛むと外の皮はパリッと、身はムチムチッとした食感で、横浜中華街のようにトロトロに甘辛く煮込まれた豚足とはまた違った味わいで、クセになる美味しさだった。

「おじさんも昔東京で働いていたんだよ、今では田園都市線って言うけれど、新玉川線と呼ばれていた頃で、料理屋の厨房で働いていたんだ」すっかり歯の抜けて、白髪交じりで、少し頬のこけたおじさんが言う。東京から来た人がいると、東京のことを話したくなるんだろうな、私は今晩の酒の肴になったようだった。

「腹減ってないか?この近くによく行く店があるから付いておいでよ」若い人には腹いっぱい食わせるのが親切と思っているのかもしれない。『坊ちゃん』に出てくる伊予っ子らしい、明るい強引さは嫌いじゃない。

「『女囚さそり』の梶芽衣子そっくりのママがいるんだ」多分その誘い文句、私以外には効かないと思う。松山の梶芽衣子、見たい。店名は忘れてしまったけれど、元スナックらしい小さな店に行った。ママは確かに梶芽衣子そっくりの強め美人だった。

松山には今朝来たばかりで、地のものをほとんど食べていないと言うと、おじさんたちとママが張り切っていろいろ出してくれた。手の込んだ料理ではないけれど、新鮮な野菜と地魚ばかりで、どれも美味しかった。お酒も飲み、おじさんたちはそろそろ記憶を失いそうだった。

「私これから行くところがあって・・・」「えっどこ行くの?」「バー露口とニュー道後ミュージックへ・・・」「あっいいね、俺たちも昔はミュージックに行ったもんだな」ストリップに行くと行っても全く動じない伊予っ子、良い。山崎さんに携帯番号を教えてもらい、また松山に来たら飲もうねと話し、店を出た。

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サントリーバー露口は四国を代表する老舗バー。ハイボール発祥の地らしく、サントリー「角ハイボール濃いめ」は露口監修。

1杯いただいて身体の熱を冷まし、すぐまた移動。ニュー道後ミュージックの3回目が始まるからだ。

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昼間に撮ったニュー道後ミュージックの外観。道後温泉本館そば、観光地にある。

温泉ストリップは初めてだ。各回入れ替え制で1日4回公演。一般3,000円、終日6,000円。訪れた2月結の香盤は、姫野紗雪さん、かすみ玲さん、目黒あいらさん。場内は、観光で訪れたであろう男性たちがほとんど。みな酒に酔っ払い、勢いでストリップに来たようだ。常連も数人いて、居住まいですぐ分かる。普段行く劇場とは違う雰囲気なので、私も初見のお客さんらしく大人しくした。

地方のストリップ特有のボソボソしたナレーションの後(浅草ロック座がハッキリ喋りすぎとも言う)、北島三郎「まつり」とともに、姫野さんが大漁旗を振り上げて登場。ドンと存在感のある肉感的な、熟れたおんなの身体。さっきまでふざけていた若者は「うわ、本当にストリップだ」とでも呟いたかもしれない、にやけながらも目は釘付けだ。狭く旧い劇場内に熱気がこもる。姫野さんは2曲ほど踊り、なんのためらいもなくベッドを披露した。ポラタイムは、初心者への配慮のために最初にシステムを紹介していた。「じゃ、おれ、やろうかな」1000円払い、2回撮影する観光客の男性。「うお、本当に、こんなポーズで撮っていいんですか」慣れたもんよとにっこり笑う姫野さん、ファンサービスで過激なポーズを決めながら主導権を握っており、男性より何枚も上手だ。

続いてかすみ玲さん、びっくりするほど足が長く美しかった。高い身長と、ちょっとギャルっぽいキュートな笑顔が可愛い。ジブリをテーマにした舞台で、トトロの衣装が可愛かった。地方でふと入ったストリップ劇場で、予想もしない出逢いがあることもある。まさにそれで、かすみ玲さん、都内近郊に来たら絶対追っかけようと思った。(4月中は池袋ミカド劇場にいらっしゃるので逢いに行こう)ポラを撮らせていただき、ロック座系列ではありえないほど時間を割いてくれた。そしてなんと舞台に上げていただき、花道を歩き、盆へ。「まわってみるぅ?」とかすみさんの粋なはからいで、スタッフさんが盆を回してくれた。生まれて初めて、ストリップ劇場の盆側から観客席を見る。興奮と緊張。通常の芝居の舞台より観客席との距離が近いから、視線がダイレクトに伝わる。スポットライトを浴びたら気持ちいいだろうな。盆の上でポラ撮影。かすみさんに御礼を伝え、客席に戻った。まだ心臓がバクバク言っていた。

トリ、目黒あいらさんも、関西を中心に地方興行の多い売れっ子ストリップ嬢。艶めかしい笑顔が素敵で、和服を着せたらVシネにハマりそうな危険な香りがした。タトゥーもドキリとする。ダンスもベッドも上手く、洋楽を使った格好良いステージだった。ポラタイムは並ぶ人が多く、サッパリとしたあしらいだった。

いやはやニュー道後ミュージック、大満足だった。好きな踊り子さんが乗ることがあればまた来たいし、そうでなくても再訪したい。

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「清香園」のおじさんの1人に教えてもらった、ダイニングバー「mayudama」で寝酒。ホットバタードラムをつくってもらったんだけど、スパイスが効いていてめちゃめちゃ美味しかった。ジンジャークッキーをお土産で買い、夏目旅館に帰った。静かでよく眠れた。

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翌朝、ひきたつの路で、月に一度の湯上がり朝市をやっていたので寄った。みかん詰め放題が安い。信じられないほど甘いみかんだった。

朝風呂と散歩と朝食を済ませ、早々に松山空港へ。昼過ぎのフライトだったのです。道後温泉1泊、ちょうどいいような、ものさみしいような、ひとり旅には頃良い滞在期間。空港の本屋で『坊ちゃん』を探し、やっぱりあったので購入。家の書棚を探せばあるだろうけれど。10年ぶりに手に取った文庫は、ポップなカバーデザインになっており、若い人の目を引くものとなっていた。けれど本文は変わらず、かつて坊ちゃんと漱石が見た、松山への愛憎あふれる物語が広がっていたのです。機上でページを繰りながら、昔読んだ時とは違った印象を得、家族の愛情に恵まれなかった坊ちゃんは、松山の人に愛されたかったのかもしれないなぁなんて思った。だいじょうぶ、今は愛されてるよ、あなたの名を冠した電車や店やグッズに溢れているから、一度見に来てごらんよ、たぶんあなたはまた憎まれ口を叩くだろうけれど。