盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

熊本市現代美術館で「村上隆 バブルラップ展」を観る

日々、世界中で展覧会が行われていて、そのすべてを観ることは不可能だけれども、絶対観たいと思ったものにはできるだけ行こうとしているし、たくさん展示を観られるような職業を選んだ。一番大切にしていることは、フットワークの軽さ。いつでもどこにだって行けるのだという感覚がなければ生きている実感がない。

そんなわけで、私にとって、これは見逃しちゃいけない展覧会。熊本市現代美術館の「村上隆 バブルラップ展」。

www.camk.jp

日本を代表する現代アーティスト・村上隆が、自身のコレクションを披露する展示で、横浜美術館で開催した「村上隆スーパーフラット・コレクション展」の系譜を継いでいる。yokohama.art.museum

今回の展示は、バブル経済期を中心とするアートムーブメントを軸に、1990年以降の陶芸芸術を合わせて俯瞰することで、戦後の現代美術を捉えなおそうという意欲的な試み。かつて村上が唱えた「スーパーフラット」は美術史上のひとつのイズムとして位置づけられたが、今回は「バブルラップ」はどうだと言っている。面白いじゃないか。

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仕事で熊本によく来るので、ここ数年の展示は大体見ている。毎回よく練られた展示で、優秀な学芸員たちがいるのだと思う。

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この展示を観るために早起きして飛行機に乗ったようなものよ。

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企画展入口から気合が入っている。ネオンがバブル感をあらわしている。

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待ち受けるは三島由紀夫

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このキャプションの長さからも村上さんの気合いが伝わる。

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バブルラップ(ビニール製の気泡緩衝材)。私はエアーと呼んでいました。

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山口はるみが描く女性「はるみギャルズ」好き。エアブラシを駆使したスーパーリアルイラストレーション。

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日比野克彦たくさん持ってるんだね。

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中西夏之のコンパクト・オブジェ。東京国立近代美術館でよく観る。私は「煮凝り」と呼んでいる。

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グルーヴィジョンズとパチリ。壁紙も作品です。

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裏にMr.がいるのをお見逃しなく・・。

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マン!初代マンじゃないか。村上さん成田亨好きそう。

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少年画報だっけ。

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はー、日本現代美術のおさらいになるなぁ、教科書みたいだ。

ここまで、ルンルンと鼻歌まじりで鑑賞していた。懐かしのあの作品やこの作品とご対面して、「村上サンこんな作品も持ってたんだ」と余裕ぶっていましたさ。

問題はここから。

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!?突如現れた謎の空間。ブルーシート、トタン?

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おいおいおいトタンコレクションしてるの?私が日頃街を歩きながら「トタン集めて展示してェなぁ」と思っていたことを、実行したの?

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あー、このトムとジェリーとか、超いい。街中のグラフィティやポスターと錆びトタンって最高だよね。美術館に持ち込んでいいのかわからないけど。

横たわる男の像の足元から、ぼろ布をめくって次の展示室へ。広がっていたのはなんと、

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迷路のように続く薄暗い廊下に、大量に置かれた民芸作品!!!

え、ちょ、ま、ここはどこ!?いつもの熊本市現代美術館じゃないよ!

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壁紙がわりに錆びトタンが配され、ごちゃごちゃと皿やら壺やらが並ぶ。1点ごとを観るというより、空間そのものに圧倒される。

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館内こんない広かったっけ・・私の知ってる熊本市現代美術館じゃない・・亜空間・・

歩けども歩けども終わらない民芸品コーナー。不安になってくる。

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あ、奈良美智の民芸品、かわいい。

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衝撃の連続で笑えてくる。こんなべらぼうな展示をやってのける村上隆はやはりスゴイ。そして運搬業者と展示業者もスゴイ。

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ずいぶん歩いて、心身ともにへとへとになったころ、ようやく最後の部屋。実在する骨董屋が再現されていて、また笑った。

会場美術はだれがやったんだ、映画美術の人だろう、と監視員さんに問うてみた。少し間をおいて、「磯見俊裕さんという方です」と教えてくれた。ちょっとアングラな世界観を得意とするひとだ。代表的なかかわりは「誰も知らない」や「血と骨」、有名どころは「あまちゃん」だろう。私は「恋の渦」を推したいが。うん、いい汚し。

図録はあるのか、金なら出す、と監視員さんに尋ねた。「予定はありません・・」と残念な回答。なぜ。横浜美術館の時のような、気合いの入った(気合いが入りすぎて販売が大幅に遅れまくった)伝説の図録は作らないのか。スーパーフラットのように思想を広めたいのなら、図録は間違いなく必要だ。学芸員や識者からの論考もいる。(今回の展示は村上隆が仕切っているのか、学芸員の解説が見当たらなかった)美術史畑からすると、図録を製作しない展示は、100年後にはなかったものにされる恐れがある。ま、今はインターネットという巨大なアーカイブがあるけれど、やはり正史の記録は図録にゆだねたい。

展示を観終わって、興奮冷めやらぬまま、ダーリンに写真を送りまくった。大量に届いてさぞ迷惑だったことだろう。この展示を一緒に観られたらなんて素敵なんだろう、どれだけの語る言葉が生まれるだろうと思いながら。

さて、「バブルラップ」はこのあとどうなるのか。スーパーフラットのように定着するか。うーん、今のところ、理論武装が弱い気がするのよね。ちゃんと論考にしてくれるひとが出てくればいいのだけれど。もっと、議論すべきテーマだと思う。

身の回りの人々には展示を宣伝しまくったが、実際に足を運んだ人は少ない気がする。熊本、ちょっと時間かかるもんね。この規模の展示を都内(たとえばリニューアルオープンする東京都現代美術館)でやってほしい気持ちもあるが、この量の作品を巡回させるのは相当苦労するだろうなとも思う。というか、村上さんはどうやって倉庫に保管しているのか。

なんでも、美術館の学芸員さんが、企画展をしないかと村上隆に提案したそうな。すごいことだと思う。世界の村上隆が、熊本で展示。熊本好きとしてはうれしい。ああ、でもやっぱり図録はつくってほしかったな・・。