盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

埼玉県立近代美術館「インポッシブル・アーキテクチャー展」を観る

「インポ展行った?」3月はそんな会話を何度かした。インポ展こと「インポッシブル・アーキテクチャー展」は埼玉県立近代美術館で開催した建築展。

私たちの生活には建築があふれているわけだけど、歴史の中には、完成した建築よりも完成しなかった建築の方が圧倒的に多くて、実現しなかった/実現できなかった建築に光を当ててみようという趣旨の企画だ。

www.pref.spec.ed.jp

展示は、出品数やグラフィックの文字数が半端なく、建畠晢館長と五十嵐太郎先生が心血を注いでつくりあげたことは明白で、いろいろな立場・所属の人たちの協力により実現した、ものすごい熱量のある企画展だった。ひとつの問題意識を軸に多様な事象をまとめあげていて、まさにキュレーションの勝利と言えるような、優れた展示だった。岡本太郎の「おばけ東京」や前川圀男の「東京帝室博物館」、黒川紀章の「東京計画1961-Helix 計画」、磯崎新の「東京都庁舎」など、改めてじっくり観て勉強になるものも多かった。

ひとくちに「インポッシブル」と言っても個別の事情があるわけだけど、建てるつもりが建たなかった不遇な建築、建てられるモンなら建ててみろよと挑戦的な建築、そもそも建てるつもりのないジャストアイデアな建築、約40人の建築家・美術家が構想した建築を、図面、模型、関連資料などを通して読み解くと、否応なしに「建築における不可能性/可能性って何だ?」ということを考えさせられる。もしこの建築が建っていたらというIFの世界に思いを馳せ、インポッシブルとポッシブルの間の曖昧な境界線を引く人間は誰かという問いにぶち当たる。

ザハ・ハディドによる新国立競技場。

展示室には、ザハ・ハディド・アーキテクツと設計JV(日建設計・梓設計・日本設計・オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン設計共同体)による、新国立競技場を建てるために制作された膨大な図面、申請書類、映像、模型があふれかえっていた。図面なんか、何十冊、何万ページ描いたんだろうという量の資料がケース内に積み上がっていて、関係者が注いできたものの重さに泣ける。設計JVによる解説文がまた秀逸で、「構造性能評価書を6月5日付で取得し、あとは大臣認定書を待って確認申請を行なうばかりであった」という一文にどれだけの想いが込められていることか。日本の建築業界が威信をかけてこの難しいプロジェクトに挑んできたこと、その成果が花開くまさに目前だった次の瞬間にすべてが水泡に帰したこと、決してインポッシブルではなかった建築だったこと。

この企画展は、新国立競技場を取り上げるためにつくられたのではないか、ここまでのすべてのアンビルド建築事例はこの展示室のための前置きだったのかも、そう思うほどに強いメッセージ性が込められていた。ここまで切実な主張をあらわにする公共文化施設の展示は観たことがない。

暗い気持ちで展示室を出ると、会田誠山口晃による日本橋の首都高問題に対する提案の展示があった。いっそ首都高の上に日本橋建てちゃえよという衝撃的なアイデアで、昨年の「GROUND NO PLAN」展で観たときはニヤリと笑えたのに、今はもう笑えない。首都高地下化に3,200億円かかると報道され話題になったけど、じゃあザハの新国立競技場だって2,520億円で建てられたじゃん、と。(そんな単純な話ではないとわかるけどね)

www.nikkei.com

JOC竹田会長退任もホットな話題だが、果たして東京五輪大丈夫なんでしょうかねぇ。昭和の時代の映画黄金期は「制作時にトラブルの多い映画はヒットする」なんてジンクスがあったけど、映画監督も主演俳優も大道具も美術も入れ替わった映画でもヒットできるんでしょうか。制作発表とまるっきり中身違うじゃねぇか、観客バカにするのもいい加減にしろと怒られてしまうのではないでしょうか。

呆然としながら展示室を出ると、面白い企画をしていた。

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「あなたもインポッシブル・アーキテクチャを考えてみよう!」というワークシート。

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埼玉近美の写真に書き込む式で、いろいろなアイデアが自由で楽しい。

できるなら、構想したけど実現しなかった展示「インポッシブル・エキシビション」なんてパクリ企画やりたいな。当然「紀元2600年記念日本万国博覧会」の話がしたいんだけどね。昔から、可能性と不可能性をめぐるスリリングできな臭いな駆け引きに興味があって、思えばそういう研究ばかりしてきたような気がするな・・。

コレクション展は「瑛九の部屋」なる実験的試みが面白かった。鑑賞者それぞれが照明をコントロールして鑑賞するというもので、照度によって作品の見え方がまるっきり変わるということがよくわかった。これ真似したいです。

bijutsutecho.com

帰りしな、ミュージアムショップでボリューミーな企画展の図録を買った。26行×40字もある解説文、40件も読めなかったからね(笑)ここ数年で建築展いっぱい観たけど、この展示が一番心に残った展示かも。というか建築展ではなく思想展なのかも。この後巡回するらしいので、お近くの方はぜひ。必見。

あっ、つい長々と書きすぎてしまい、「アカシエ」と西川口の話の流れではなくなってしまった・・。別記事にしよう。