盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

池袋ミカド劇場8月結~雛形ひろ子引退公演~

名ストリッパー・雛形ひろ子さんの引退が発表されたのは、2019年6月後半だった。ちょうど、6月結にシアター上野に乗っていたので、ご本人におそるおそる尋ねると「そうなの、2019年8月末で引退するの」と仰っていた。

それから、6月結、7月14日(1日だけ代演)、7月28日(1日だけ代演)、8月中、8月結と、時間がつく限りひろ子ちゃんを追っかけた。伝説的な池袋ミカド劇場での引退公演(ストリップデビュー19年目)も見届けた。9月に入り、ストナビから彼女の記録が無くなり、ツイッターの更新もなくなり、手元に残ったのはひろ子ちゃんと一緒に撮ったたくさんの写真と、彼女との思い出だけになった。好きなストリッパーが引退するのは初めての経験だったので、引退公演の記録を記しておく。

*ネタバレあります。記述に問題があればご連絡ください。(2019年9月8日更新)

雛形ひろ子引退週

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ミカド劇場前にはズラリとスタンド花が並ぶ。踊り子さんからの花も多い。

8月結の引退週、結局11日間で5日間行った。とても豪華な香盤で、鏡乃有栖さん、伊吹天音さん、雛形ひろ子ちゃん、虹歩さん、南美光さん、浜崎るりさんの6人体制。全国を股にかける人気踊り子を配した布陣で、晴れの舞台を仕掛けるミカドの思いが伝わる。ひろ子ちゃんの演目は3種類、「踊り子」「蚊帳」「あゝ無情」。引退演目はなく、これまで大切に踊られてきた名作ばかり。

通いながら、ひろ子ちゃんに差し入れは何がいいか聞いて、スターバックスの「エスプレッソ アフォガート フラペチーノ シロップ少なめ」を行く度に差し入れた。「ありがとう!スタバのおかげで回復したぁ。まーやさん来てくれて嬉しい」という言葉がうれしかった。ハードな公演のさなか、甘いものを飲んでちょっとでも元気づけられたらいいなと思った。

何人ものお客さんとも交流した。全国から、ひろ子ちゃんのラストステージを観にかけつけた方がいた。大阪から、名古屋から、芦原から、青森から。みんな口々に「引退はさみしい。最後にひと目、観たいと思って」と言っていた。

引退週の間、ひろ子ちゃんはいつもと変わらぬ明るさで、ポラタイムに「おっぱいパンチ(乳ビンタ)」を繰り出してオジサン方をメロメロにしたり、嬉しそうに花束を受け取ったり、お勉強に来た後輩をもてなしたり、毎日忙しく過ごしていた。

 

雛形ひろ子引退興行当日

8月31日(土)18時過ぎ、トリプル進行3回目のスタートから行った。3番目のひろ子ちゃんの時には、場内は100人超えているようで、かなり蒸し暑かった。スタッフさんも「やばいっすねー、かなり押してます」と今後の進行を心配していた。

 

3回目の演目は「踊り子」。リズミカルでムーディーな楽曲を華麗に踊って場内が盛り上がる演目。赤と黒の衣装がロングの金髪に映え、揺れるアクセサリーが照明で光る。バーレスクのような、アダルトな雰囲気がセクシー。各位に配慮しながら、少し感想を述べたい。

 

♪「踊り子」1曲目

ひろ子ちゃんが踊り子・・もとい「脱ぐ」業界にデビューしたのは、はじめは本意ではなかったかもしれない。以前のブログに「亡くなった親の借金から始めたストリップ」と書かれていた。経緯は聞いたことがないが、ほかの踊り子さんと同様、並々ならぬ決意と覚悟をもってデビューされたはず。この曲は、まさにひろ子ちゃんの生き様を表しているようで思い出深い。

 

♪「踊り子」2曲目

2曲目は「別れ」を示唆する切ない曲だが、あくまでひろ子ちゃんは笑顔で、曲が終わってしまうのを惜しむようにじっくりと魅せる。曲を聞かせながら目で楽しませる、エンタテインメント心あふれるステージ。

 

3曲目はジャジーサウンドがエロティックで、脱ぎながら踊るストリップの楽しさがあふれる。大きな胸をもみしだきながら曲に合わせて「肉体関係」と唇を動かす下りが好き。時折激しい動きを取り入れて、観客を誘惑するように釘付けにする。

 

♪「踊り子」4曲目

シメはあの名曲。「ハッ!」の歌詞部分で格好良くポーズを決めるのがニクイ。最後、ブリッジからの立ち上がりがとくに見物で、あの高いピンヒールでどうやって・・といつも惚れ惚れしていた。光をつかむように、重力に逆らって身体を起こす。全員で手拍子をしながらポーズが決められるのを見守り、気持ちいいカタルシスを迎える。

 

100人もの観客が一体となったステージは圧巻だった。暗転して「ありがとうございました!」というひろ子ちゃんの声が聞こえるや否や「雛形ァ!」「ひろ子ちゃーん!」「ありがとう!」などの思い思いの声が漏れる。熱気はますます増し、写真を撮る人の列は見たこともないくらい長かった。とぐろを巻き、最後尾がどこか分からないくらい。

オープンは明るくエロく元気よく。次々に手渡されるチップ。通常のチップは、踊り子生活の糧になるように、衣装代や車代や食費や雑費に充ててもらいたい気持ちで渡す。明日からは踊り子ではなくひろ子ちゃんに渡すのは、この先の人生がよい良いものになりますようにという祈りのようなものだった。私たちが渡したいくらかが、ひろ子ちゃんの未来を支える何かになれば嬉しい。

 

「この人混みじゃ、立ち見で最後まで居るの無理かもなぁ」と柵に寄りかかっていると、前に座っていた方が帰るらしく、さっと席を譲ってくれた。(本当にありがとうございました・・!)おかげで、残りの公演はじっくりゆっくり観ることができた。

4番目以降は曲カットをし、押している進行を少しでも戻そうとするようだった。踊り子さんたちも総出でひろ子ちゃんの引退公演をバックアップしている。特に南美光さんの仕切りが上手く、サクサク進行が目覚しかった。

3回目のフィナーレ・合同写真で、駆けつけた踊り子さんたちを加えた豪華10人体制で、ひろ子ちゃん推しの先輩・稲さんと一緒に撮った。ステージに入りきらないような大人数!これまた人気写真。

 

そして迎えた4回目。ひろ子ちゃんをトリに、ダブル・チームショー・シングル進行。(トリプル・ダブルの予定が急遽変更)

1番目の鏡乃有栖さんはステージ頭で「鏡乃有栖!このステージを雛形ひろ子姐さんに捧げます!」と宣言し、「風立ちぬ」を見事踊りきった。ひろ子ちゃんとの別れを暗喩する歌詞が切なく、思わずもらい泣きをする。

 

チームショーは、虹歩さん、南美光さん、浜崎るりさんという今をときめく3人娘。るりちゃんの演目「ライオンキング」をもとに、「チームジャングル」が熱演。蔦を身体に巻き付けた「木」役(!)の虹歩さん、豹柄ハイレグの南美光さん、全身タイツの浜崎るりさん。あんなに美しい木役はほかにいない。南美さんのハイレグも似合う。ナイス配役だった。ダンス部分は1曲目が虹歩さん、2曲目から2人を加えて3人で。今週の出番の合間にコツコツと準備してきたことが伝わる、1回きりが勿体ないくらいの出来栄えだった。

3人で踊る際はるりちゃんの絡みが秀逸で、2人をいろんな方法でオープン&オナベ!触るわ舐めようとするわ、自由そのもの。るりちゃんはタチも上手で、本気のレズショーで観客を沸かせる。ねらわれた虹歩さん本気の「きゃー」が可愛かった。ポージングでは、3人見事に揃った「スーパーL」や「シャチホコ」「アラベスク」を披露。先輩を送り出すにふさわしい、良いステージだった。観客たちは心の底から笑い、見惚れ、大いに楽しんだ。写真は3人1枚1,500円の特別価格。3人娘が一堂に撮れることもあり、人気だった。こちらも稲さんとパチリ。

 

そしてひろ子ちゃんの最終ステージ「あゝ無情」。

♪「あゝ無情」1曲目

手拍子が熱く揃う。曲に合わせたかけ声が昭和っぽくて良い。ひろ子ちゃんは、サウナ状態の舞台で、熱く激しく踊る。頭に載せた冠のようなアイテムがキラキラ光る。ひらひらときれいだった。

 

♪「あゝ無情」2曲目

すれ違う男女の歌。未練を残しながら、思い出をかみしめるように情感たっぷりに踊る。ひろ子ちゃんは、場内の様々なお客さんみんなをぎゅっと抱擁しているようで、慈愛の表情。女の人生のあらゆる局面を映し出すようなステージだった。

 

♪「あゝ無情」3曲目

最終ステージは、今週の踊り子さんたちが勢揃いで観客席の後ろの方に出てきて観劇していた。曲に、南美さんや天音さんの嗚咽が混じる。踊り子さんも観客もみんな泣いていた。曲の通り、「このまま終わらないで」と強く思ったことだろう。歌が終わり、曲が終わり、照明が消えたら、ひろ子ちゃんの舞台はもう観られない。惜しまれながら曲が終わった。

 

暗転して、ひろ子ちゃんは舞台袖にはけた。観客は口々に御礼とアンコールを叫ぶ。踊り子さんたちは号泣していた。みんなの汗と涙が会場をじっとりと濡らした。

ふと明転し、音楽とともに衣装を変えたひろ子ちゃんが再登場した。白いレースが美しい、女神のような出で立ちだった。追加の曲が始まる。

引退を嘆く観客や踊り子たちへのメッセージソングだ。「踊り子だから、あくまでステージで思いを伝えたいの」というひろ子ちゃんらしさを感じた。

客席に踊り子たちひとりひとり、観客ひとりひとりに語りかけるように、ステージが展開した。「私が引退してもストリップをよろしくね」と言っているようだった。

観客からは花束が続々と渡された。稲さんは青いバラの花束!さすが。花言葉は「奇跡」「夢叶う」。(後日、青いバラ5本の花言葉は「あなたに出会えた事の心からの喜び」と教えてもらいました。ロマンティック!)

 

曲が終わり、鳴き声や叫び声が響く場内に、今週の踊り子さんたちが揃う。「引退式」が執り行われる。司会は鏡乃有栖さん。

踊り子たちからの挨拶文が朗読され、心づけが渡された。ひとりひとり心のこもった言葉が語られた。うろ覚えですが、一部抜粋。

「踊り子人生、楽しいことばかりじゃなかったと思います。でも辛い時も、ひろ子はいつも笑って元気に見せていて、すごいと思った。引退しても友達でいてね」(虹歩さん)

「引退週と、その前週からご一緒できた時間は私の宝物です。お忙しいなか、後輩たちに優しく指導していて、憧れの踊り子です」(南美光さん)

誰だったか「ひろ子ねえさんに会うことで、明日も頑張れる力をもらっている人もいます。本当に、人を救っているようなもの」と言っている方もいて、私もそう!と思った。

ミカドの投光しんちゃん、TSのママからの挨拶も続く。そしてひろ子ちゃんからの挨拶。号泣しすぎてちゃんと覚えていない…すみません。「あまり表舞台に立つのが得意な人間じゃないんですが、このような式を開いてくれてありがとう。みんな、忙しいなか駆け付けてくれて本当に感謝しています。18年間過ごしたストリップの世界を去るのはさみしいですが、最後の舞台、悔いなく過ごしました。」

この後、今週の踊り子たちによるフィナーレダンスが披露された。

「さくら」のような薄ピンク色の揃いのドレスで、踊り子さんたちが曲に合わせて舞う。感動的な光景だった。

そして、ラストオープンショー。手拍子のなか、チップが舞う。ひろ子ちゃんはお札でできたレイを数本首にかけ、「お札が似合う女」と笑っていた。

オープン曲は結局4回繰り返された。大盛り上がりの大団円。これまでずっと笑顔だったひろ子ちゃん、踊り子全員で整列して挨拶する最後だけ、涙がにじんでいたように見えた。よく、頑張ったね。

終演は23:35ごろだった。あんなに中盤押していたのに、ちゃんと終電前に終わるところがミカドらしい。南美さんはじめ、踊り子さんたちがしっかりとタイムキープした成果だろう。

火照った身体で駅に向かう。名残惜しいけど振り返らない。多くの観客に愛された、唯一無二の魅力を持つ踊り子がいて、今夜で引退した。あの熱いステージはもう観られないけれど、今日も日本のどこかで元気で過ごしているならば、それでいい。どうか、お元気で。たくさんの愛をありがとう、ひろ子ちゃん。