盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

府中市美術館「ふつうの系譜展」を観る~こんな時だけど美術館に行こう!

春ですね。もはや毎年恒例の春の楽しみである、府中市美術館「春の江戸絵画まつり ふつうの系譜」展に行きました。

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fam-exhibition.com

「春の江戸絵画まつり」は、今年の「ふつう展」で16回目。昨年の「へそまがり日本美術展」(個人的に2019年ベスト展覧会)の記憶も鮮やかで、今年の「ふつう展」も待ち遠しくて仕方ありませんでした。

sakariba.hatenablog.com

「ふつう展」、正式名称「ふつうの系譜 『奇想』があるなら『ふつう』もありますー京の絵画と敦賀コレクション」展。相変わらず面白いタイトルです。この展示は、伊藤若冲曾我蕭白ら奇抜な絵を描いた「奇想」の画家たち(参考:辻惟雄『奇想の系譜』)に対して、やまと絵や土佐派といった古くからの画派に属する、「ふつう」の画家たちの残したものを、改めて、じっくりと見てみよう、という内容の展覧会です。担当学芸員は、おなじみ江戸絵画研究の第一人者・金子信久さん。

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出品作品の9割は敦賀コレクション、敦賀市立博物館の所蔵品です。同館には素晴らしい作品が多数ありますが、現地に行かずしてそれらの実物を眺め渡せるチャンスとなるわけです。同館のコレクションは、やまと絵、円山四条派、復古大和絵、岸駒や原在中の作品など、誰が観ても「きれい」で、うっとりするほど典雅なものばかりです。詳細は、展覧会HPに細かく載っておりますので、そちらをご参照ください。

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■会期:2020年3月14日(土)から5月10日(日)まで

※前期:3月14日(土)~4月12日(日)、後期:4月14日(火)~5月10日(日)

■入館料:一般700円(安すぎる!)、高校生・大学生350円、小学生・中学生150円

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円山応挙《狗子図》 敦賀市立博物館蔵 前期展示

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原在中《嵐山図》 敦賀市立博物館蔵 前期展示

「ふつう展」を観て、観ることができて、心から感動しました。個人的な感想と、おすすめする理由を、下記につらつらと記してみます。

私にとって、美術は「驚き」をくれるもので、心の栄養です。ただ、コロナ禍の現在、衣食住や健康・衛生などの「優先すべきもの」と比べると、不要不急の娯楽(あるいは金持ちの道楽)に見えてしまうかもしれません。けれど、美術や文化を楽しむ余裕のない社会は無味乾燥で生きづらいです。もちろん、命あっての物種ですので、非常事態の社会で不要不急の娯楽を一時的に控えることに異論はありませんが、全員が全員、四六時中我慢する必要もないのではと思います。「ニコニコ美術館」や「グーグルアートプロジェクト」のように、自宅で美術を楽しむことくらいはできます。美術展の図録や関連書籍を買い求めることもできます。テクノロジーのおかげで、その気さえあれば、誰でもいつでも、安全に美術にアクセスできる環境は整っています。

ch.nicovideo.jp

www.google.com

しかし、なんとなく「たとえオンラインであっても美術を楽しむタイミングではないのでは」という自粛ムードが漂っているように感じます。それを否定するつもりはありませんが、実は、美術鑑賞は感染リスクが低い活動として、厚生労働省が認めています。職員や来館者の健康を守るプロトコルを定め、きちんと対策すれば、感染抑制の方向性と矛盾なく活動続行できると思います。何よりも美術館は「社会教育施設」なので、人々の心の拠り所になるよう、できるだけ開館し続けてほしいというのが正直な思いです。

ただし、症状のない方にとって、屋外での活動や、人との接触が少ない活動をすること(例えば、散歩、ジョギング、買い物、美術鑑賞など)、手を伸ばして相手に届かない程度の距離をとって会話をすることなどは、感染のリスクが低い活動です。

www.mhlw.go.jp

これまでの美術史のなかでも、戦時中や大災害のさなか、戒厳令が敷かれ、多くの美術展や文化活動が弾圧されたり制限されてきました。そのたびに、雑草のように生えては刈り取られる文化の芽のようなものが生まれます。歴史を遡ると、そういう状況下で逞しく育つ新種が、意外と次世代のイノベーションを起こしたりします。

「ふつう展」では、きらきらした美しさにときめいたり、平和な物語にほっこりしたり、穏やかな夢心地を味わえます。金子学芸員のキュレーション力と解説力により江戸絵画の魅力が存分に発揮されているということが大きいのですが、それだけでなく、コロナ禍という、誰も予想できなかったこの状況がさらに拍車をかけているようにも思えます。変な例えですが、「お腹が空いている時に食べるものは一層美味しく感じる」ように、生の美術に飢えている時に観る良質な展覧会は格別です。東京都内だけでなく、全国的に美術館が閉館・入場制限をする非常事態で、様々な意味において「ふつうがふつうであり続けることのすばらしさ」を実感できました。

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f:id:sakariba:20200324135202j:image水墨画の垂らし込みに挑戦できたり、ちょっとしたワークショップも充実していて楽しい。

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最後に・・

府中市美術館は、府中駅(新宿から特急で20分)からバスで10分ほどの公園内に立地しており、都心の美術館に比べてアクセスが良いとは言えません。また「ふつう展」は、華やかな「ブロックバスター展」(大手新聞社やテレビ局が主催となり超有名作品で人寄せをする大規模企画展)ではなく、どちらかと言えば「地味」です。けれど、たくさんの関係者が知恵を出し合い、限られた予算やリソースを最大限活用し、「ブロックバスター展」に負けない、もしかしたらそれ以上に見ごたえある展示がつくり出されています。もし府中市美術館に行ったことがない人がいて、かつ健康なのであれば、ぜひ「ふつう展」に行くことをおすすめしたいです。ちなみに、府中市は桜の隠れた名所でもあり、3月中は「桜通り」の桜並木や「大國魂神社」の枝垂れ桜も楽しむことができます。公園で桜餅を食べながら散歩をするのも楽しいです。

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f:id:sakariba:20200324135349j:image大國魂神社の見事な枝垂れ桜!

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f:id:sakariba:20200324135430j:image帰りは府中駅近くの鉄鍋餃子で一杯やりました。美味しかった。

「ふつう展」は後期で大きく展示替えをするとのこと。その頃には状況が良く変わっているといいなと思います。そして、来年の「春の江戸絵画まつり」も楽しむことができますように。