盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

「ハウス・オブ・グッチ」と「フレンチ・ディスパッチ」を観る

時間が進むのが遅いんだか早いんだか。友達とLINEしてて「最後に会ったのが1年前…いや2年前だっけ?」「最初の緊急事態宣言が明けてからだからァ、2020年の夏くらい?」「そっか、コロナ禍になってもうすぐ3年か」と、時の流れをグワァっと感じることがしばしば。

ま、3年経てば誰しも色々ある。家を変えたり、土地を変えたり、職を変えたり、名字を変えたり、くっついたり、離れたり。2019年の世界が遠く感じる。緊急事態やまん延防止が長すぎて常態化している。東京2020があったのは2021年なのも混乱の種。とはいえ人間の適応力ってスゴイもので、この状況で出来ることを探して頑張るわけで。

映画監督たちも頑張っている。毎月のよーに面白い映画がたくさん生まれていて、追いかけていたらいつのまにか1年が終わりそうだ。

まずは先週観た「ハウス・オブ・グッチ」。「ブレードランナー」「ハンニバル」「オデッセイ」などを監督したリドリー・スコット御大の新作です。

house-of-gucci.jp

本作は、誰もが知る世界屈指のラグジュアリーブランド GUCCI の内幕にスポットを当て、グッチ家の闇を描く。

感想を一言で言えば「超~薄めた『ゴッド・ファーザー』」。カクテルのゴッド・ファーザーは、ウイスキー45mlとアマレット15mlを、氷を入れたオールド・ファッションド・グラスに入れてステアするんだけど、それを大ジョッキで作って炭酸水アップしたような味わいです。ハイボールもどき!まずくはない、決してまずくはないんだけど…というのが正直な気持ちです。

あ、でも面白いよ!長いけど。

キャストには、一族の崩壊を招くファム・ファタールのヒロイン役にレディー・ガガ。その夫となるグッチ家の御曹司役にアダム・ドライバー。その叔父役でキーパーソンを演じるのはアル・パチーノ。超豪華俳優陣を飾るのはやっぱり超豪華なヴィンテージ・ファッション!

ヴィンテージセリーヌの豹柄ドレス、ジミーチュウのシューズ、マックスマーラのキャメルコート、ディオールのサングラス、エルメスのスカーフ。そして、グッチのヴィンテージ・スーツ。ファッションを目当てに見てもおつりが来るくらい麗しかった。

映画『House of Gucci』の陰にある、グッチ一族の真実の物語|レディー・ガガ主演

そして、イタリアの血を引くガガ様の演技力がすごい!一歩間違えたら「大阪のおばちゃん」になりそうな迫力&厚かましさなのに、ギリギリのところで可憐さとセクシーさを持ち合わせる魅力といったら。アダム・ドライバーと初めて会うパーティー会場で、獲物(=うぶな坊ちゃん)を見つけた時のガガ様の目力は肉食獣のソレだった。作中でガガ様はマティーニ飲みまくってたのでお酒が飲みたくなりました。

まー、しかし、グッチ家崩壊の物語なので最後は物悲しいね。ネタバレになるので詳述しませんが「事実は小説より奇なり」としか言いようがない。今のGUCCIにはグッチ家の末裔が存在しないことがすべて。

鑑賞前は、てっきりGUCCIのプロモーション要素があると思っていたので、「ウフフ…GUCCI欲しくなっちゃったりするかなぁ」なんて思っていたのに、観終わったらトム・フォード買おう」と別ブランドの評価が上がってしまった不思議。。よくGUCCIがこの映画にGOサイン出したな。ある意味太っ腹。

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トム・フォードの口紅は「リチャード」「ジョン」「アディソン」というように、トムがこれまでに影響を受けた男性や、親しい関係にある男性、尊敬する男性の名前が付けられている。「デート相手を1人(1本)に決めなきゃいけない理由なんてないだろう?」とトムは語る。

GUCCI自体には思い入れはないんだけど、学生時代に短期バイトしたことがあった。グッチ新宿の3階で開催された森山大道展のスタッフとして、3週間ばかしGUCCIに通っていたのだ。まじめな苦学生だったので、昼休みにはGUCCI店内のスタッフルームで自宅で握ってきたおむすびを食べていた。GUCCI店内で手作りおむすびを食べた女。

www.gqjapan.jp

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森山大道の写真は結構好きなので、大判プリントを思う存分眺められたのはいい経験だった。

 

GUCCIの話はもういい。今月の目玉作品は「フレンチ・ディスパッチ」を置いて他にない。第74回カンヌ国際映画祭に正式出品され、上映後は約9分間もの熱いスタンディングオベーションで讃えられた、ウェス・アンダーソン監督最新作。超豪華キャストとともに贈る、活字文化とフレンチ・カルチャーに対するラブレターだ。映画…というよりアートを楽しむ気持ちで、スクリーンで観てほしい!

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映画好きならば、「グランド・ブダペスト・ホテル」や「犬ヶ島」の監督の最新作で、個人的にはいちばんの大傑作…と言えば伝わるだろうか。そうでなければ、「スペクター」「ノータイム・トゥ・ダイ」のヒロイン、レア・セドゥのフルヌード・シーンが堪能できるよ!と言えば観てもらえるかな。…007シリーズでも「アデル、ブルーは熱い色」でも脱いでたけどね。レア・セドゥの美おっぱいとパイパンをスクリーンで観よう!

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おっぱいはともかく、本作は、アメリカに本社を構える出版社が、フランスにある架空の街 アンニュイ・シュール・ブラゼで刊行している雑誌「フレンチ・フレンチ・ディスパッチ」が舞台となっている映画?です。

映画?と「?」をつけたくなる気持ち、観終わった人には分かると思う。感覚としては「雑誌を"観る"」というのが1番近かったかな。雑誌映画という新しいジャンルかも。雑誌が記事を寄せ集めて作られているように、この映画もいくつかの記事を映像化したオムニバス作品。

 

こうした前提を知らずに観たので、開始30分くらいで「私は今なにを観ているんだ…?」と不思議な気持ちになった。下記記事に書かれているように東京ディズニーランドでアトラクションに並んでいる時に聞かされたり、観させられたりする、アトラクションの世界観設定を説明する時間がずっと続く、みたいな作品。」というのはその通りだなと思う。

www.fashionsnap.com

しかしだな、初見で話の筋を理解する必要はないのだ。なぜならば、豪華キャストの顔触れ、絵画のように美しい画面構成、計算し尽くされた色彩、ため息しか出ない超絶美術、心地よく沁みる音楽、そして怒涛のように流れてくる字幕を観るのにとにかく忙しいからだ。

「なんだこれ、話についていけない、でも目を離せない!というか瞬きするのが勿体ない!」からの「レア・セドゥのおっぱい!」からの「いきなり本格的な銃撃戦!」からの「雑誌『フレンチ・ディスパッチ』最高かよ!1000冊買いたい!!」から、泣きのエンドロール。

観終わって最初に思ったことは「もう一回最初から観たい、今すぐにだ!!」でした。時間のある人は、当日もう一回チケットを買ってしまうかも。そう、2回目どころか何度でもリピートして観てもらうのが前提の映画(多分)なので、初回で理解しきる必要はないのです。

ここまでセクシーで、バイオレンスで、しかしユーモアと批評性に富んでいて、しかもロマンティックな映画は他にないかも。フランス文化の良く見えるところをグツグツ煮詰めたような映画。とにかく情報量が多い。かと言って「アメリ」や「8人の女たち」的世界観が好きな人もハマると思う。鑑賞後の満足感は保証しよう。

 

私が最も刺さった部分を強いて挙げるならば、雑誌のアートワークかな。イラストもトリミングもすべて好み…。架空の雑誌なのに、ここまで作りこむ監督の熱量に脱帽しました。こんな雑誌読みたいし、作りたいわぁ。

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この作品では、この世にあるはずのない「完璧」な箱庭世界が作りこまれている。監督はもはや創造主の域である。映画という既存の枠を大きくはみ出しまくって、鑑賞者を揺さぶっている。こんな凄い作品を見せられたクリエイターが嫉妬とショックを受けないか心配なくらいである。

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ウェス・アンダーソン監督は、「完璧」ではない私たち人間とその社会を、悲哀とユーモアをもって肯定してくれる。根本を貫くテーマが人生賛歌なんだろうな。人間っていとしい。働くって楽しい。今がコロナ禍だろうが戦時中だろうが何だろうが、そのゆるぎない真実さえ握っていれば、どうにでも生きられると思った。

早くも今年ベスト映画を観てしまったかも。でもその結論を出すには、もう1回スクリーンに観に行ってからにしよう。