盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

浅草ロック座9月新公演「まつろわぬもの」は中毒性抜群の和風ダークファンタジー

最近ストリップの話題で書いていないですが、観るたびに心は動くし筆を執りたくなるんですよ。アウトプットしていないのでぜんぜん説得力ないですね。週に何回も観劇したり遠征していたのは遠い昔、名前しか知らない踊り子さんも増えてしまいましたし、好きだった踊り子さんも何人か引退してしまったし、今は1週間~2週間に1回くらいのペースでどこかしらの劇場に行く程度の細い客です。もうプンラスとかできない。それでもグッと心をつかまれたのが浅草ロック座の新公演「まつろわぬもの」でした。

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まつろわぬもの、とは、古語で「従わないもの」という意味です。漢字表記すると「服わぬ者」あるいは「奉ろわぬ者」「順わぬ者」と書くらしい。

現代アーティストの谷原菜摘子さんが2019年の個展タイトルに付けていて、たまたま行ったことがあったので聞き覚えがありましたが、日常使いする言葉ではないので、多くの方はググったと思います。

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で、浅草ロック座ファンならその時点で思いますよね。これまで9月公演は「秘すれば花」とか「夢幻」とか、芸術の秋らしく古典演目やダークめなファンタジー演目を多く披露してきたので、今回もその流れであろうと。浅草ロック座が自信をもってお届けする新公演、これは観ないと、ってね。どんな歴史や古典作品を土台に新解釈をブチ上げてくれるんだろう?とワクワクしながら浅草に向かいました。

結果、想像以上にスゴかった。

ここまでしちゃうの!?ってくらい本格派ダークファンタジーの世界観が作り込まれており、実力派の踊り子さんたちがガチで挑んでいました!

 

ここからは、演目名を書くのでネタバレになってしまいます。ご了承ください。

 

【「まつろわぬもの」第1期香盤】※敬称略

1景.「土蜘蛛」桜庭うれあ

2景.「浅芽が宿」虹歩

3景.「虫めづる姫君」花井しずく

4景.「平将門」赤西涼

5景.「好色五人女」白橋りほ

6景.「鉄輪」椿りんね

7景.「蝦夷」真白希実

 

演目名だけで妄想が広がります。というか、だいぶマニアックなチョイスですよ。浅草ロック座のプロデューサーの中に日本文化史専攻のガチ勢がいるな?

教科書に載っていてメジャーなのは「虫めづる姫君」くらいで、「蝦夷」も日本史でちょっと習ったくらいの知識の方が多いのではないでしょうか。蝦夷アイヌと思う方もいらっしゃるでしょう。

私のゆるふわ解説をちょこっと加えながら感想を書いていきます。個人の見解なので違ってもお許しください。

 

1景.「土蜘蛛」桜庭うれあ

『土蜘蛛草紙絵巻』伝・土佐長隆|鎌倉時代 重文 東京国立博物館所蔵

土蜘蛛とは大和朝廷に恭順せず敵対した古代の「まつろわぬ人々」へ向けた蔑称。日本各地で記録され、単一の勢力の名ではありません。虫の蜘蛛とも無関係です。しかし後代には蜘蛛の妖怪とみなされるようになった、正史の裏側に消え去られた名も無き民たちです。日本美術史をやっているとたまに出てきます。能の演目にもありますね。
姿かたちも残っていない土蜘蛛一味の頭を演じるのは、キュートな笑顔が魅力のうれあちゃん!正直意外な配役でした。しかし今回、彼女の開花っぷりがスゴかった。はじけるスマイルと長い髪を封印し、クールで格好良く、しなやかな女戦士を演じました。いつものイメージとのギャップは一番大きく、みんなそれぞれ素晴らしかった中で、【個人的MVP】を捧げたいお一人です。

細い肢体に、蜘蛛をイメージした黒いボンデージ風ベッド着がたまらなくセクシー。ショートヘアのウィッグには、蜘蛛の糸を思わせるキラキラのラインストーンがあしらわれていました。首筋のチョーカーに付けられた蜘蛛のチャームが揺れる。長い手足を活かしたスパイダーな極上ベッドに絡め取られ、風を切るためらいのないポーズに魅了され、1景からノックアウトされました。さすが「華のトップステージ」、この公演の世界観にグッと引き込まれます。

 

2景.「浅芽が宿」虹歩

画像は拾いもの

 

浅芽が宿とは、茅などの雑草が生い茂って荒れ果てた家のこと。江戸時代の怪異幻想短編集「雨月物語」の中の物語です。商売で成功した男が、7年ぶりに故郷に残した妻のもとを訪れ再会しますが、妻はすでに死んでおり、会ったのは幽霊だったという男女のすれ違いを描いています。

虹歩さんは普段TS系列の劇場や東洋ショー等に乗られていますが、昨年の10月に久々に浅草ロック座に出演されて以来、私が浅草で拝見するのは2回目です。狭いシアター上野で間近に仰ぐ虹歩さんも大好きですが、浅草の大舞台で輝きを放つ虹歩さんは格別で、毎度、心の中で「東洋のマリリン・モンロー光臨!」と叫んでおります。

今回は真白さんとのダンスシーンも素晴らしく、巧みなステップやターンを決めて技術力の高さを示しておりました。何よりも、大胆なベッドが濃厚で、長年待ち望んだ夫を迎える妻の深い愛情が伝わってきました。濡れた黒目がちな眼、細やかな指使い、ふるふると震える豊かなお胸、そしてあんなに細いくびれ…長年の舞台キャリアで鍛えられた身体は文学以上に物語のクライマックスを雄弁に語ります。いいものを観ました。そしてやはり、乳首が光っていたことを記しておきます。

 

3景.「虫めづる姫君」花井しずく

虫めづる姫君 - GENSEKI

裳着(今でいう成人)を済ませた美しい姫君でありながら、お歯黒などの化粧もせず、眉毛もぼさぼさではやしっぱなし、女性がたしなむ仮名を書こうともせず、ただ虫を愛するという風変わりな姫の物語です。平安時代の価値観を真っ向から否定し、わが道を歩んだ女性の生き様を描く、相当進歩的な話です。日本文学初の不思議ちゃんとも言われますが。

ダークでヘヴィな演目の多い「まつろわぬもの」の中で、明るくて純粋に楽しめて多幸感あふれるレアな演目です。前半の息継ぎポイントでもあります。花井しずくさんは初めて拝見したのですが、めちゃくちゃ可愛くて超タイプでした。他のお姿を知らないので適当なこと言っているかもしれませんが、「虫めづる姫君」は彼女にハマり役!

道重さゆみさんを思わせる絶対的ヒロインなプリティルックスに、バレエ経験者らしい柔軟スレンダーボディ。不機嫌そうなぷんすか顔で口を尖らせて三白眼をキラつかせる彼女は、ぷりぷりプリンセス。お顔の美が強すぎるし、キャラクターデザインが秀逸すぎる…!何この可愛い生き物は!

ピルエットからの「止め」ポーズや180°開脚ポーズなど、常人離れしたアクションをさも簡単そうにやってのけ、舞台上で元気に動き回る彼女から目が離せません。

何よりもベッド着が天才的で、青虫マラボーを身体に巻き付けながら鮮やかなグリーンのランジェリー姿で登場した時は脳に電流が走ったね。そんでもって、ステージでのキュートな姫君のドタバタ劇から一転、ピンク色のいやらしい照明のなかで愛しの虫と絡まり合う変態的な「蟲姦」ベッドは、興奮のあまり呼吸が止まりました。文学~!谷崎潤一郎を呼べ!川端康成も来い!貴方たちがまだ書いたことのない性のドラマがここにある!

後にXで知りましたが、このベッド着の制作は雨宮衣織ちゃんらしい。彼女にぴったりの素晴らしい衣装をありがとうございました。この2人にもうひとつの【個人的MVP】を捧げたい。そういえば、脱いだパンティをあんなところに結ぶベッドも珍しいなと思いました。そういう型破りなところも姫君っぽくて良き。いやぁ、この演目があまりに良かったので、ポラ館でも花井しずくちゃんを観るべく追っかけてみようと思いました。

 

4景.「平将門」赤西涼

平将門 - 妖怪うぃき的妖怪図鑑

崇徳天皇菅原道真平将門という非業の死を遂げた歴史上の3人は日本三大怨霊と呼ばれています。平将門は、古代の朝敵視から中世の崇敬対象、そして明治時代の逆賊視から戦後の英雄化と、時代と共に評価が変わる興味深い人物です。さらに興味深いのは、現代でも将門の祟りが恐ろしいと噂されていることです。(詳細は下記参照)

www.travel.co.jp

いやぁ、普通さ、浅草ロック座のストリップで「平将門」をやろうとは思わないよね。その時の企画会議の様子を見てみたいです。「前半のトリの4景で、平将門やるのはどうですか?」「よし、採用!」ってはならんですよ。

そんないい意味で「狂った」演目を体当たりで演じるのが、浅草のダーク演目に定評のある赤西涼さん。本人はめちゃくちゃ明るい雰囲気で綺麗な方なのに、ダークやホラーな役柄に当て込むとマジで怖いんです。もともと役者として活躍していることもあり、取り憑かれたように別人格になってます。「百物語」の演目「かざぐるま」は本当に怖かったなぁ。

ご本人はさることながら浅草ロック座もこの演目を全力でプロデュースしていて、照明やスモークの力の入れ具合がとんでもなかった。平将門が四方八方から矢を受けて命を落とすシーン、おそらく首が飛ぶシーン、怨霊となって時を超えて蘇るシーン、どれも半端ない作り込みでした。狂気すら感じる赤西さんの目を剥き引き攣った笑顔も恐ろしく、もしこっちに首が飛んできたら、呪いが降りかかったらどうしようと恐れおののいた。念のため言っておきますが…これ、ストリップの感想ですよ?

こんなに怖いのに、最後は脱いでポーズを決めてくれて、爽快感すらありました。ハイル・赤西涼!と叫びたくなる「赤西帝国」ぶり。そして、最後の立ち上がりのクライマックス、魂の咆哮ーー。1本大河ドラマを観たかのような満足っぷりのあと、たいていの初見客は呆然としながら休憩に入っていました。

 

5景.「好色五人女」白橋りほ

好色五人女・井原西鶴忌』 - 季節のブログ『ほっとひといき・四季の便り』

井原西鶴作。実際に起こった五つの恋愛事件をもとに、歌舞伎でお馴染みの「お夏清十郎」や「八百屋お七」を始め、「樽屋おせん」「おさん茂兵衛」「おまん源五兵衛」の5女性を主人公とした物語。封建的な江戸の世にありながら本能の赴くままに命がけの恋をした女性たちは、「好色」というより一途で純情。

後半唯一の明るく元気な演目です。セーラー服に振り袖を悪魔合体させたキュートな衣装を着た5人の踊り子さんが登場して、わちゃわちゃ踊るのが楽しい。1曲目の音楽が聞いたことなかったので調べたところ、まだYouTubeで数千人しか視聴していないインディーズバンドの楽曲(その世界ではたぶん有名なんだと思いますが)だったので、浅草ロック座の音楽担当はどうやってこういうアーティストを見つけ出すんだ?と愕然としました。

私が浅学ゆえ、りほちゃんのモチーフがどの好色女性なのかが読み取れなかったので、2期見に行く方は予習していくとより楽しめるかもしれないですね。りほちゃんは本公演でデビューの新人さんですが、堂々たる脱ぎっぷりが素敵で、全力でポーズを切る姿がいじらしく応援したくなりました。グラマラスなお胸は大迫力で、笑顔のままサービス満点で揺らしてくれるので好きになっちゃうよなぁ。投げキッスとかウインクのようなサービスをしてくれるので、何人ものお客さんが恋に落ちていました。

 

6景.「鉄輪」椿りんね

能・演目事典:鉄輪:あらすじ・みどころ

もとは能の演目。平家物語「剣巻」を元にした作品で、丑の刻参りのイメージの原型となったとも言われている。夫に捨てられた妻が、夫と新しい妻に復讐する悲しいお話です。物語の詳細は下記参照。

noh-sup.hinoki-shoten.co.jp

鉄輪(かなわ)とは、今で言うと、キッチンコンロについている五徳のことです。その鉄輪にろうそくを立てて火をともし、裏切った夫のもとへと恨みを晴らしに向かい、鬼になった女(りんねちゃん)と、夫からの依頼で鬼退治をする安倍晴明(赤西涼さん)との戦いから、ステージが始まります。おおっ、憑依系2大ストリッパーの正面対決だぁ!

りんねちゃんはプラチナブロンドヘアで、白塗りした顔と赤く囲んだ「地雷系」メイクを施し、鬼の角を生やしております。すでに鬼と化してしまっているんですね。怖いです。対する安倍晴明役の涼さんは、清らかな正義の味方風。格好良いこと。2人は闘い、やがて安倍晴明からの術にかかり、成敗される鬼のりんねちゃん…。苦しみの中、スモークの中に消えていきます。

そしてベッド入りしたときには、鬼の角が消えておりました。これは解釈が2パターンあると思うのですが、ひとつは「安倍晴明によって鬼が倒され、女に戻った後」の姿。もうひとつは「夫と浮気相手への恨みを胸に儀式を控え、鬼になる前」の姿。どちらであっても解釈しがいがありますが、後者の方がドラマチックな演出で分かりやすいかなと思い、そっちで受け取りました。

ベッドにおいて、りんねちゃんは赤い血を身体に塗りたくりながら、人間であることを止めて鬼へと変貌していきます。血の涙を流し、慟哭し、怒りと恨みで身体を震わせます。血で染まった白い肢体はこの世のモノとは思えないほど恐ろしく、でもどこか美しく…。

愛と憎しみは紙一重とはよく言ったもので、強い恨みから生き霊となった悲しき鬼女。愛情が深ければ深いほど、愛は憎しみへと変わる。裏切られた悲しみと夫への未練、相反する感情に苦しむ姿が見ものです。嫉妬に狂っているのですが、まだ夫を愛している気持ちもあり、夫を呪い殺してやりたいけど、情の深さがそれを邪魔する。憎しみの中に、愛情の深さが垣間見えるやるせなさが、見るものを悲しくさせます。(もう一度言いますが、これはストリップの演目です)

前々からダーク演目に意欲的だったりんねちゃん、ついに浅草の大舞台で満願成就と相成りました。トリ前を飾るステージを全身全霊で演じていて、こっちが心配になるくらいの憑依っぷりだったので、公演後はゆっくり身体を休めてください…。

 

7景.「蝦夷」真白希実

蝦夷(えみし)は日本古代史上、北東日本に拠って、統一国家の支配に抵抗し、その支配の外に立ち続けた人たちの呼称です。中でも知られる阿弖流為(あてるい)は今から約1,200年前、現在の奥州市水沢地域付近で生活していた蝦夷の一人です。阿弖流為蝦夷のリーダーとして勇敢に立ち向かった実在の人物です。

時の権力者たちは、東北地方を支配しようと、度々たびたび兵を送り蝦夷の軍勢ぐんぜいと壮絶な戦いを繰り広げていました。延暦21年(802)、度重なる戦いで疲弊した蝦夷の行く末を憂いて阿弖流為は降伏。征夷大将軍坂上田村麻呂によって蝦夷は平定され、陸奥国は、朝廷の統治下に置かれることとなります。

www.rekihaku.ac.jp

時の中央政権に抗い、自分たちの土地や民を守るために戦い抜いた人たちの物語です。政府VS民衆の構図には普遍的なドラマチック性がありますね。自然と民衆側に感情移入してしまいます。そして不思議なことに、この物語が公権や世間、時代の圧力に負けず、ストリップという文化を守る物語ようにも、シンクロして見えてきます。年内に引退してしまう真白さんが先陣を切って戦いの場へ行き、命運は残される踊り子さんたちに託され、真白さんの遺志を胸に秘めた彼女たちがこの世界を守っていくかのように。真白さんの勇気ある出陣シーンと、必死で引き留めようとするダンサーズの姿は、涙を禁じ得ません。

群舞シーンも瞬きを許さないスピード感ですが、真白さんが単身ベッド入りしてからの数分は、筆舌に尽くしがたい極上のエロスの時間です。国宝級を超えて世界無形文化遺産級(言葉の綾。どっちが上とかあるわけではないです)。芸術のように磨かれた身体、観音様のような微笑み、天下一品の技。流れるようなベッドからの、ダイナミックなポーズ切り。特に一発目の「L」は神の領域でした。「浅草ロック座の至宝」と言われる真白さんの芸、未見の方がいたら引退前にぜひ目に焼き付けてほしいです。

 

この景は衣装や小道具も凝っていました。蝦夷は、蝦夷錦(えぞにしき)とよばれる色あざやかな着物を身につけています。ストリップなので女性の身体を美しく見せながら、民族に敬意を払ったデザインは逸品です。どうやって作ったのか、何を参考資料としたのか、衣装さんのお話を聞いてみたいですね…。

首飾り アイヌの女性が身につけた大切なアクセサリーの一つ。 市立函館博物館所蔵

フィナーレ「火の鳥

火の鳥(手塚治虫)のネタバレ解説・考察まとめ - RENOTE [リノート]

踊り子さんとダンサーズ全員登場の群舞。華やかで、でも品がある、祈りのようなステージでした。人間の歴史や運命を見守る不死鳥・火の鳥とともに、「まつろわぬもの」の7つの物語は流転していくのでした。時代やテーマもバラバラの物語をうまくまとめており、さらに深い視座を与えていて、これ以外のフィナーレはあり得ないと思えるものでした。

 

この公演を一言で言えば「人間賛歌」です。様々な登場の「生」のありようを描き、醜い欲望も業も怒りも悲しみも、地に生きるすべての命を肯定する、優しい眼差しにあふれていました。

 

終演後、色んな人の感想が聞きたくなりました。浅草ロック座は毎公演楽しみに観ていますが、こんなに後引く公演は久々かもしれません。各景の解釈やときめきポイントを話し合いたい。私はたった2回観ただけなので記憶があやふやな部分も多いし、予習もしていないので間違っているところもあると思います。ごめんなさい。ですが、率直な感想を残したかったので、どきどきしながら書いてみました。

いつか、この公演を観劇した方と話せたら、もしくは誰かがどこかで意見交換するのに役だったなら、残りの「まつろわぬもの」公演に足を運ぶきっかけとなったならば、こんなに嬉しいことはありません。

秋の夜長に、ひとさじの愛しい(かなしい)ものがたりを。