盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

家に帰れなくなった時の話~帰りたい、入れない~

いつもの仕事帰り、いつものように家の鍵を差し込んでドアを開けようとしたら、「がちゃっ!」とうるさい金属音とともにドアが動かなくなった。ドアガードが掛かっている。え、なんで。思考がフリーズした。

出かけた時の何かの拍子でガードが掛かってしまったのか、原因は不明。玄関は暗く、誰かがいる気配はない。手を差し込んでもドアガードを開けることは不可能。そんな簡単に外から開けられる構造ならば、内側にガードを仕込む必要はない。それでもダメ元で何回か試し、「ドアガード 外から開ける方法」でググって、1分自問自答して諦めた。うん、管理会社に電話しよう。

時刻は21時ごろ、運よく営業時間内だったので状況を説明した。

「あのぅ、ドアが開かなくて、内側のドアガードが何故か閉まっていて…ハイ、鍵を無くしたとかじゃなくて、内側から手動でガチャっとやるやつが閉まっているんです…いえ、中には誰もいなくて…」

2分くらい説明して、ようやく理解してもらえた。けれど夜間対応はできないので明朝に来てもらうことになった。最悪、ドアガードを切断するらしい。わぉ、大掛かり。

比喩じゃなく、ドア一枚隔てた向こう側に自宅があるというのに、帰れないジレンマ。ほんの数cmの隔たり。

あぁ、ミスターチルドレンの歌でもあったな、「たった0.05ミリ合成ゴムの隔たりをその日 君は嫌がった僕は それに応じる」状況はまったく違うけれど、今ならもっと気持ちを込めて歌えそうだ。

いつまでもドアの前にいてもしょうがないので、近所のファミレスに避難した。仕事道具が入った鞄がずしっと重い。

「ビールください」飲まなきゃやってられないぜ。

こういう時は機械的にやるべきことをするに限る。まずは今夜の寝床確保。じゃらんで検索して、近所のビジネスホテルを予約した。運よく空いていてよかった。こんな機会でもないと泊まらないであろう距離の宿。パソコンを背負っていたので、家でやろうと思っていた仕事やメールの返事も済ませた。

ビールを飲みながら、猫たちは元気だろうかとぼんやり思う。家に帰ってモフモフしたかったのに…一週間のお疲れが溜まっていたからお風呂入って寝たかったのに…げに理不尽…やることを終えたら急に悲しくなってきた。精神が「ちいかわ」になる。

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「ちいかわ」はネットで人気なキャラクター。「なんかちいさくてかわいいやつ」の略称。

どうもできないけど、誰か慰めてほしい。精神年齢10歳くらいの気分。

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即レスくれそうな友人らに「あはは、部屋に入れない~」とLINEした。心優しい友人らに「大変だね、気を付けてね」と心配され、それ自体には感謝なんだけど、やっぱリモートじゃなくて直接誰かに会いたいなぁ。気弱になっている時は人恋しい。話を聞いてほしい。いい子いい子してほしい。

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タイミングよく、近所の友人が「泊まるとこないならうちおいでよ~」と言ってくれた。正直最初それも考えたけれど、いちおう大人なので自分の寝床は自分で確保したかった。学生時代なら即「誰か泊めて!」と連絡しまくったけど、それをしないくらいには分別の付く大人なのだ。えっへん。

代わりに、「今から一杯飲むの付き合ってくんない?」とお願いした。快諾してもらえ、ビジネスホテルに荷物を置いて友人宅にお邪魔した。

「大変だったねぇ」遅い時間の急な来訪にも関わらず、笑顔で迎えてもらえる僥倖。あたたかくて明るい部屋、今一番欲しかったもの。持つべきものは近所の友人。

濃いカンパリソーダを作り、乾杯した。苦さと甘さが、ささくれた心に染み入る。

お酒は、理不尽な出来事や納得できないアレコレをぐっと飲み込むためにも、大人には必要なのかもしれない。子どもみたいに「イヤッ!」と地団駄踏んで泣けないので、代わりにお酒に救いを求める。

アルコールで脳が痺れて、内臓があたたまって、現実からいっとき目を背けさせてくれる。根本的な問題解決にはならないかもしれないけれど、一晩やり過ごす猶予をもたらしてくれる。たかが一晩、されど一晩。一晩の過ごし方が命運・明暗を分けることがあることは経験則で知っている。

もちろん今回は大した出来事ではないし、そこまで追い詰められてはいなかったけれどね。ちょっとお疲れ気味だったので妙に堪えてしまったのだ。誰だってそういう日、あるよね。

今回のちょっとしたトラブルのおかげで、一晩を乗り越えるのがつらい時、寄り添ってくれるのはいつもお酒と友人の優しさだったということを、改めて実感することができた。友人たちを大事にしよう。彼らがつらいときは私が寄り添いたい。よしよししてあげたい。

友人宅で、藤井風くんの動画を流しながら、カンパリソーダや翠ジンソーダを飲みながら他愛ない話をした。

「ドアガードを内側から閉めたのは猫たちかもね。モリアーティとルパン(注:我が家の猫たちの名前)が結託したのかも。特にルパンは世紀の大泥棒だし、鍵をかけるなんて朝飯前でしょ」

このところ家を空けがちだった飼い主に反抗したストライキか、はたまた帰りの遅い飼い主を心配してドアの向こうに行くべく開けようとしたか。いずれにせよ、猫たちの仕業かもと想像したら笑えてきた。

ほんの1時間ほど過ごしてお暇した。さんざん笑って、気分がすっきりした。最終的には「ま、こんな夜もあるさ」と思うことができた。むしろ貴重な体験なのかも。私の中で、笑い話兼教訓として刻まれた。切り替えが早いのが私の長所。

その後、ビジネスホテルに戻ってぐっすり眠った。朝が来るまで、あっという間だった。なんてことない夜だった。

 

翌朝、管理会社が呼んでくれた鍵屋さんが部屋の前まで来てくれ、ちょっとした道具を使ってすぐにドアガードを解除してくれた。セキュリティ的にその内容は書けないけれど、本当にあっという間だった。プロの泥棒の前ではドアガードなんて無力に近いと思うくらい、すぐに開いた。果たして必要なのか、ドアガード…。

なぜドアガードが閉まったのか、鍵屋さんも不思議そうにしていたが、今になっても原因は不明。とりあえずドアガードはガムテープで封印した。

猫たちは元気だった。奴らの犯行だったのか、表情から読み取ることはできなかった。面白いから、モリアーティ教授による密室犯罪、完全犯罪ということにしておこう。

玄関で荷物を下ろし、お決まりの台詞をひとりごちた。

「やっぱり自宅が一番だよ」