盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

赤坂ラブリーバーのハロウィンパーティー~雛形ひろ子ちゃん登場!

雛形ひろ子ちゃん引退の衝撃から早3ヶ月。上野や池袋の劇場に行くたびに彼女のステージを思い出して涙ぐんだり、近所のスナックのカラオケで泣きながらクレイジーケンバンドの曲を歌う日々だった。たまにひろ子ちゃんに差し入れていた、スタバのアフォガートフラペチーノ(シロップ少なめ)を飲んで、虚空に「ひろ子」の字を書いていた。そんな「みんな、推しの引退にどう向き合ってるんだろう」と思い始めた頃でした。

「イベントやります♪みんなでパーティーしましょ♪」というTwitterでのお知らせが駆け巡った。お酒とダンスショーを楽しめる赤坂ラブリーバーにて、ハロウィンパーティーをするという趣向らしい。

「ひろ子ちゃんに逢える・・!?」感慨深すぎて、言葉を失った。Twitterの「いいね」をするのが必死で、とてもつぶやけなかった。人って、嬉しいのと驚くのがピークを超えるとフリーズするようです。

10月26日、土曜日開催だったけれど、社畜月間のため、18時半スタートの最初からは行けないことは分かっていた。それでも、21時ラストの5分前だろうと、一目逢えればそれでよかった。とにかく「行くこと」が応援になるということは、ストリップ通いから学んだたくさんのことのひとつだ。1人でも多くのお客さんが入ることが、次のステージにつながる可能性があるからだ。

サタデーナイトでにぎわう赤坂の夜を走り抜けて、20時ごろラブリーバーへ。「会員制」の札がかかった店内に入った瞬間、熱気が伝わる。チナツさん、早瀬みなさん、そしてひときわ輝いて見えるひろ子ちゃんがステージにいた。すでに涙と蒸気で目の前が曇っていたけれど、ひろ子ちゃんが「まーやさん!」と声をかけてくれたのが分かった。ハロウィン衣装として、シルバーのマント姿だった。

「来てくれて、ありがとう!うれしいよ!」と歓迎してくれる彼女に、「遅くなってごめんね、元気そうでよかった、逢えてうれしい」と声を絞り出した。「何飲む?水割りでいいかな?」とひろ子ちゃんがドリンクを用意してくれた。ステージの合間のビール販売でプルタブを空けてくれるシアター上野を思い出した。みんなで乾杯した。

落ち着いて店内を見ると、ざっと30人以上はいそうだった。入れ替わりもあっただろうから、実際はもっともっと来ていただろう。池袋ミカド劇場の引退週や、その前の上野ラスト週、はたまた違う劇場で見かけたことのある人が多かった。スト客の方々との飲み会は初めてだったけれど、みんな優しく、笑顔が素敵だった。「劇場ではいつも横並びだから、向かいあうのは新鮮です」なんて感想を話した。

f:id:sakariba:20191105222916j:image※写真掲載了承いただきました

20時を少し過ぎたころ、稲さんが息を切らして入店してきた。熱心なひろ子ちゃんファンで、よくかぶりつき席で隣り合った。一時期はお互いシアター上野に住んでいるんじゃないかと思うくらい、一緒になることが多かった。(その後、家が超近所ということが判明した)

「よく来てくれたね!」とひろ子ちゃんが迎え入れてくれ、稲さんも感無量のようだった。分かる、分かるよ。私もほんの10分前同じ気持ちだったよ――。

一通り落ち着いた稲さんと乾杯し、「久しぶりだね。引退以来だね」と互いの無事を確認した。「あれから、ひろ子ちゃんロスで、劇場に行けてなくて。特に上野や池袋にはしばらく行けそうにない。車で、クレイジーケンバンドや踊っていた曲をエンドレスで聴いている」私もロスの落ち込みが激しかったが、稲さんはもっと深刻そうだった。

この日のために大阪から駆け付けた「おいちゃん」、いつもオープンラストで頑張っていたタンバさん、池袋で見たことのある金髪のお兄さん、よく過激な写真リクエストをしていたリーマンのお兄さん、引退式で号泣していたお兄さん、みんな色々抱えながら今日を迎えたのだろう。

ひろ子ちゃんは、持ち前の明るさとサービス精神で、その一人ひとりをもてなした。「お代わりいる?」「最近元気だった?」と隅々まで声をかけていた。こんな風にお客さんを大事にする踊り子さんだから、お客さんに愛され、引退後もこうやってみんな集まる。願わくば、今後もこんな風に表舞台に出てくれると嬉しい。次こそ最初から行く。

21時を過ぎても盛り上がりが落ち着くことはなく、21時半まで急遽延長されることになった。恐る恐る、ひろ子ちゃんに「写真一緒に撮ってもいい?」と尋ねて、「もちろんいいよ!」と快諾してもらえた。「1枚いくら?千円でいい?」と聞いてしまうのがスト客の性である。「お金いらないよ笑」と笑われた。みんなで写真を撮って、ひろ子ちゃんに思い思いのチップを渡した。

稲さんは迷わず諭吉。劇場でもいつも男前なチップを弾んでいたのを思い出した。「さすがだね」と言うと「3ヶ月も逢えなかったんだよ、当然だよ。もし劇場に行っていたら、入場料や写真、チップ毎回払うでしょ。月10万円として、30万円も浮いたんだよ。渡せる機会があるならいくらだって出す」とイケメンすぎるアンサーをもらった。本当さすが。

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21時半すぎ、ダンサー3人による挨拶がなされ、「次はいつになるかわからないけど、必ずまた企画します」というチナツさんの力強い言葉に安堵した。ひろ子ちゃんは「引退しても、このような場を与えてくれてうれしいです。来てくれて本当にありがとうございました。またお会いしましょう!」とコメントをした。

大きな拍手の後、フィナーレとしてチナツさんがサービスで踊ってくれた。(セクシーモンキーズのラスト曲らしい)チナツさんも早瀬さんもキレイで、優しく、素敵だった。

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会場を後にし、稲さんと打ち上げた。「またひろ子ちゃんに笑って逢える日まで頑張ろう」と誓い合った。稲さんは私よりずっと多忙で、夜勤も多いハードワーカーだ。割と近しい業界のため、これから年末、年度末になるにつれ、ますます忙しくなることが目に見えてわかっている。

生きるのが大変な時ほど、ひろ子ちゃんのステージは心にしみた。どんなに辛いことがあった日も、ひろ子ちゃんの太陽みたいな笑顔に救われてきた。劇場に行けない日でも、「今ひろ子ちゃん乗ってるんだな」と思うことで、もうちょっと頑張ろうと思えた。

私は浅草に帰り、80歳超えのママがやってるスナックで深夜まで歌った。次にひろ子ちゃんを囲める日を待ち遠しく思った。やっぱり少し泣いた。泣くのは一人の時だけでいい。