盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

「夜の河」を神保町シアターで観る

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「夜の河」の山本富士子は、黒田清輝の描く和服女性がスクリーンに飛び出してきたようで仰天した。

丁寧に剃られたうなじが色っぽく、日本映画の黄金期は間違いなく1950年代だったと確信する。

カメラワークが超一級。どの場面で止めても美しい作品。場面転換もスムーズでテンポが良く、比較的単調に展開する色恋物語をまったく飽きさせない。

やっぱり男どもは弱く、女は強い。気の強い京女って魅力的だな。

連れ込み宿で、情事の後に浴衣を雑然と羽織って風呂場に行き汗を流す。湯浴みをしてさっぱりしたら瓶ビールを景気良く開けたい。いつだったかの記憶が蘇る。鶯谷で、丸山町で、歌舞伎町で、五反田で、大森で、伊勢佐木町で、松影町で、何処そこの盛り場で。なんてったって男と女の縁は切ったって切れないたぐいか。どう足掻こうと切れる手合いよ。

 

神保町シアターの終演後、ひと時を共にした観客たちが一斉に階段を登る瞬間が好きだ。オレンジ色の灯りに照らされる巡礼者たち。トーキョーシティど真ん中で、今日この瞬間、同じ映画を観に来た、顔も名前も知らない人たち。

映画の余韻に浸りながら登る階段は良い。シネコンみたく、白々しく眩しいLEDの廊下に追いやって現実に帰すのではなく、薄ぼんやりした灯りの中で物語世界を反芻する僅かな空白時間が有り難い。まるで高速のトンネルのように、次の行先に向かうまでの接続点に思える。

コロナ禍なので、映画の後は駅に向かってすぐに解散。餃子と紹興酒をあおりながら、映画の話ができる世の中に早く戻れますように。ま、生きていれば何とかなるでしょう。