盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

横浜・寿町「浜港」で角海老ボクシングジムのウチワを手に入れる

横浜美術館で企画展「イサム・ノグチと長谷川三郎―変わるものと変わらざるもの」と、コレクション展「リズム、反響、ノイズ」を観ました。

yokohama.art.museum

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企画展入り口。イサム・ノグチの作品、どこからどこまでかがわからなくなる。結界もそれっぽく見えてくる。

ノグチ、長谷川、ふたりの代表作と日本初公開作品が多数展示され、1950年代の日本美術(専門分野!)を紐解く貴重な展示なのだが、客入りがうまくいっていないのか、ひじょ~~に観やすかった。抽象美術は広報が難しいのかな、ノグチの《広島の死者のためのメモリアル》石膏モデルなど、研究が進みそうな作品も多いのに。

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中原浩大の黒い丸の作品がよかった。吸い込まれそうになる感覚は円筒形の展示室ならではで、図版では体感できない。

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中平卓馬サーキュレーション格好良い。複製技術時代の芸術!

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宮川香山のにゃんこ。

美術館を出て、寿町方面にぷらぷら歩きましょう。

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オーシャンバー旧バラ荘。

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真っ赤なカウンターとイスが素敵。

寿町を散策し、かねてより気になっていた大衆酒場「浜港」の前に。まだだいぶん明るいけど、営業しているみたいだ。ドヤ街の住人ではないけれど、お邪魔してもいいかな。どきどきしながら店内へ。

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「いらっしゃい」店員のお姐さんに快く迎えられ、カウンターへ。初めての店に入るときょろきょろしてしまう。とりあえず瓶ビールをもらう。

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金刀比羅大鷲神社の熊手が飾られている。

カウンター前に貼られたメニューと、ボードに書かれている本日のおすすめメニュー、冷ケース内のおかずとにらめっこ。牛すじ煮込みと、じゃがいものピリ辛煮込みくださいな。

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あ、おいしい。きちんと手のかかったあったかい家庭料理。ひとり暮らしだとこういうおかずがうれしい。

落ち着いて店内を見渡すと、競馬に興じるおじさんたち、何をするでもなくたたずむおじさん、ジュークボックスを眺めるおじさん・・って、レコードのジュークボックス!

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なんともレトロなジュークボックス。100円で2曲聞けるんだっけな。

面白がってジュークボックスを見ていると、そばにいたおじさんが「よかったら奢ってあげるよ、何が聞きたい?」と。200円分も奢ってもらっちゃった。都はるみ「港町」、小林旭「俺とおまえ」、石原裕次郎「粋な別れ」、「酒と泪と男と女」。最新のステレオで聞くより、よっぽど情緒を感じるいい音だった。(虫眼鏡は、曲名が見づらい方老眼の方用に置いているらしい)「何曲でもかけていいよ」おじさんは競馬か何かで勝った直後らしく、気前が良くなっていたと見える。

おじさんに御礼を伝えて、金宮のお湯割りに切り替えた。店内の物色に戻る。メニューにある「ラーメン」、どう見ても横にあるインスタントラーメンで作るんだろうな、とかジュークボックスを奢ってくれたおじさんがスポーツ新聞に掲載されているほぼヌードの女性のアップをガン見しているな、とか寿町ならではの日常の風景がほほえましい。ん、あの金色のうちわは・・「角海老ボクシングジム」!見せてくださいとお姐さんに頼み、愛でていると、よほどニヤニヤしていたのだろう、「よかったら差し上げますよ」と。

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角海老ボクシングジムのうちわを手に入れた!ハートの金色、裏は赤でキラキラ。

スポーツ新聞を読んでいたおじさんが会計をし、「ちょっと出てくる」、そう言ってどこかに出かけた。どこに行ったんだろう。「ああ、仕事だよ、競艇」ギャンブルが仕事なのか、衝撃だった。寿町の住人たちで、かつての日雇い労働をする人は少なくなっていて、多くは生活保護を「給料」にして食いつないでいると聞いたことがあるが――横浜キネマ倶楽部のイベントで「どっこい!人間節 寿・自由労働者の街」を観た時だった――おじさんも「給料」を増やしに「仕事」に行ったのだろうか。

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「浜港」は面白い店だ。いろいろな事情を抱えた人間たちがつかの間酒を飲み、平等に客になれる居場所。私のようなよそ者すらも受け入れ、交流してくれる。人生生きていればいろいろあるけれど、楽しいことばかりではないけれど、ここで酒を飲んでいるうちに、味わってきた数々の苦みも「深み」に見えてくるような、そんな気がした。(女子どもが寿町に来られるようになったのはきっとここ数年で、ちょっと前まではタクシーすら通るのを避けるような危険な街だったということは忘れてはならないけれど)

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楽しくって、つい笑顔になっちゃう店。偶然の出逢いがたくさんある店。

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いい店に出逢うと踊りたくなってしまう。すっかり暗くなった寿町を歩く住人は少ない。

今夜も石川町に泊まって、翌朝もぷらりと散歩。臨海公園へ。このところ仕事が立て込んでいて精神的にまいっていたので、昨日「海が見たいな・・」とつぶやいたのを覚えていてくれた。やさしい人だ。

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臨海公園でも角海老ボクシングジムのうちわを自慢。朝日に反射してきらめく!

もう少しあたたかくなったら遠くに行きたい。熱海とか小田原とか。機が熟すのを気長に待とう。

家に帰って、ウチワを部屋に飾る。

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吉岡里奈ちゃんのイラストと、磯優子さんの版画と並べた。

そんなに物欲はないけれど、宝物が増えるのはうれしいね。