盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

はじめて沖縄の器を買ってみた

やちむん。

知っている人は知っているし、知らない人は知らない言葉。平仮名のせいで可愛く聞こえちゃうし、ゆるキャラにいそうな気もしてくる。たぶん語末の「むん」のせいだ。「ち」と「ん」の中に「む」が挟まっているのも、どことなく切なげでいい。

ま、種明かしすればなんてことはない。沖縄の伝統的な工芸のことである。漢字で書けば「焼ちむん」。

www.okinawastory.jp

聞き覚えがない、どことなくオリエンタルな響きのある地名や言葉は、結構な確率で北海道や沖縄ルーツだったりすることが多い気がするが、これはポリティカリー・ギリギリ・インコレクト発言かもしれない。先に謝罪しておく。

ともかく、横浜でやちむんを買える市が開かれることを、知人が教えてくれたので行ってきた。沖縄本島にあるセレクトショップ、mofgmona no zakka(モフモナノザッカ)が、横浜・北仲BRICK&WHITE内の「BankART KAIKO」で開催されていた。再開発によって億ションが立ち並ぶ、市内屈指のおハイソエリアだ。

余談だが、別件で訪れた時に北仲エリアの物価を知りたくてスーパー「リンコス」を偵察したところ、さすがマルエツの高級路線というラインナップで感心した。輸入ワインや酒類のチョイスが良くて重宝しそう。小市民なので「おーいお茶」88円を購入して退店しましたが。

https://www.hamakei.com/headline/11485/

www.bankart1929.com

んで、やちむん市はどうだったかと言うと。楽しかった!

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事前予約制で、空いていたら当日予約無しでも入場できる。

予想より規模が大きく、人生で一番やちむんを見比べる日になった。2日目に行ったので結構な物量を観ることができたかもしれない。値段は小さいものは数百円、大き目の尺皿でも2万円ほど。意気込んで買い物する気はなかった私ですら「あら、結構お手頃なのね。丈夫そうだし日常使いにもよさそう」と色気を出してしまった。

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沖縄っぽい色合いの器や、涼しげなガラスに惹かれる

ローカルな陶芸や民芸で、自分好みの器を的確に買い求める時のコツはなにか。 旅先のテンションで陶芸を買って、自宅で開封して何か違ったと後悔したこと、誰でも一度くらいあるんじゃないか。

北大路魯山人あたりに尋ねたら何て言うだろう。「んなモン、自分の眼で見て、欲しいと思った器を身銭切って買って、壊れるまで使い切ることだ」と説教されるかな。

民芸は好きだけど、やちむんの知識はほとんどない。博物館で何度も観ているけれど、あれは超一級品だったり、重要文化財クラスの逸品。小市民が買えるレベルのラインナップで選ぶ時の参考には、あまりならない。じゃあどうするか。ありきたりな答えだけど、店内商品を片っ端から観て、比べるしかないんじゃないかな。

闇雲に手に取ってもキリがないので、「家にあったら生活が楽しくなりそうなものを探す」ことを目的にする。食卓で欠けているジャンルの器でもいいし、いくつあっても便利な器でもいい。私の場合は、家族友人らを家に招いた時のちょっとした取り皿を探した。おかずを取り分けるのに便利そうな5寸皿を3枚くらい。

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ねらいを定めたら、ひたすら器を手に取ってにらめっこする

「ん、これいいな」「ほぅ、こちらも…」と観ていると、違いに気づく。例えば、中央に白い輪っかがある器と、ない器がある。輪っかは素焼きっぽくザラザラしている。店員さんに尋ねると、「それは蛇の目(じゃのめ)です」と教えてくれた。

やちむんの特徴のひとつで、窯の中でお皿や碗を重ねて、効率よく焼くための伝統的な技法だそう。器どうしが重なる、高台部分の釉薬をはがすことによって生まれるんだとか。蛇の目は、膨大な作業や労力を伴う薪窯に、少しでも多くの器を能率よく詰め込むためにうまれた、「ものづくりの知恵の輪」のようなものなのか。またひとつ、生きていくのに必要はないけれど、知っていると生きていくのが楽しくなる知識を得た。

沖縄ならではの工夫で素敵だなと思うが、実際の使い勝手としてはどうなんだろう。釉薬がかかっていないなら、素焼き部分に食べ物の汁とか洗剤とか染み込んだり、きちんと乾かさないと傷んだりしないかしら。ロマンの欠片もない発想である。いい話を聞いた流れなら「なら、蛇の目がある器にしよう!」となるはずだが…。ま、そんなもんだ。逆に考えれば、蛇の目がない器は、制作時に重ねた時一番上になった器なので、焼き上がりの数量が少なく貴重な存在とも言える。

というわけで、蛇の目がない器にターゲットを絞る。いくつかの候補で頂上決戦を行い―――選ばれたのは、工房マチヒコさんの器でした。沖縄県読谷村に工房を構えているそうです。

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決め手は、温かみのあるやや明るめの化粧の色。沖縄らしい伝統的な色や文様が実に美しい。食卓を彩ってくれそうだ。

tso.mofgmona.com

新しい器を手に入れた時、そこに盛り付ける最初の料理について模索する日々が始まる。新入りの器と私の物語、第1章が幕を開けるのだ。

「器」という漢字の語源は、マイ心の師匠・白川静によれば、四つの「口」は神への祈りの言葉を入れる箱だという。ならば、どんな祈りを入れようか。無病息災家内安全焼肉定食。料理は「理を料る(はかる)」と書く。沖縄からやってきたやちむんに相応しい料理とは…ゴーヤーチャンプルーラフテーあたりで勘弁してくれないだろうか。泡盛を冷やしておかなくっちゃ。

そういえば論語の一節に「君子は器(うつわもの)ならず」とある。「器は用途が限られているが、人の上に立つ者は、決まった使い方しかできない人物であってはならない」という教えだそうだ。うーん、孔子がそう言うなら、作法はともかく色々な使い方を試してみるか。大事にしよう。我が家に来る友人たち、乞うご期待。