盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

新春映画初めは「偶然と想像」と山中貞夫4K復刻版で決まり

あけましておめでとうございます。新年1発目は横浜のジャック&ベティで「偶然と想像」を鑑賞しました。破竹の勢いで各国の賞を総舐めしている「ドライブ・マイ・カー」の監督・濱口竜介さんの新作映画です。

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「偶然と想像」は3時間超の長編「ドライブ・マイ・カー」と異なり、3本の短中編を集めた短編集。どちらも同時並行で企画・撮影・編集が進んでいたというから驚きです。

あまりの完成度と脚本のすばらしさ、役者陣の真に迫った演技にやられてしまい鑑賞後立ち上がれなかった「ドライブ・マイ・カー」と良い意味で違い、解釈の余白やユーモアを随所に散りばめつつ、やっぱり計算され尽くした脚本の妙に踊らされる感覚が新鮮でした。比較するのも面白いと思う。

短編は3本とも「性(ジェンダー)」を扱っていて、小さな「偶然」をきっかけに対話を通じた「想像力」を働かせて、登場人物たちは人生を一変させてしまうような時間を過ごすという共通点がある。会話劇のような、朗読のような、コントのような、即興劇(エチュード)のような、ジャンルを超えた作品です。パンフレットによれば、全7本を制作予定とのことなので、続きが楽しみです。3本とも良かったけれど、2本目の「扉は開けたままで」が特に心に残ったなぁ。

構成も良くて、1→2→3の順番だからこそ成立する魔法があって、何なら3本目では泣いてしまった。地球上に、まだ出会っていない他人同士であっても、対話によって心を通わせることができて、互いの存在を尊重し合える可能性が残されているという希望に胸が熱くなった。

相手の話を、相手の立場に立って、相手の気持ちに共感しながら理解しようとすること(傾聴)が、お互い一人では決して到達できない深い気づきをもたらすということを証明した作品だなとも思った。

昔演劇をしていた時にしばしば感じていたんだけど、同じ脚本・台本を読んでいても、役になり切れて心の底から出た台詞を言い合えた時は、「演技」を超えた「ホンモノ」が生まれて、舞台上に奇跡みたいな時間が訪れた。「ドライブ・マイ・カー」の劇中劇でもそういう瞬間をたくさんとらえていた。役者という生き方を選んだ人たちは、そういう奇跡を自分で引き出すことができる人たち。

濱口監督は、東日本大震災後の東北を追った映像作品をいくつか手掛けていて、その経験も活きていると感じた。「対話の可能性」を信じている人だ。そして「ドライブ・マイ・カー」やその他の作品を経て、「性(特に女性性のミステリー)」を媒介にした対話が、今取り上げるべきテーマだと確信しているように感じる。

何はともあれ、観終わった後に人と喋りたくなる映画です。できれば、恋に落ちたい人と観に行って、夕飯を食べながら感想を話し合って、そのままうっかり終電を逃して夜明けまでじっくり話してほしい。で、何もせずに「またね」と握手して解散してほしい。そういう映画です。

 

観終わってから、野毛に出向いていつもの「PEAT HOUSE」で乾杯。

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アランのピーテッドが美味しかった。この後いただいたオクトモアの新作も好みだった。

 

神保町シアターの新春特番で山中貞夫特集も観た。サイレント映画からトーキーへの移行期にあたる1930年代の日本映画を代表する監督のひとりであり、28歳の若さで亡くなった天才監督です。

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わずか5年間の監督キャリアで26本の時代劇映画(共同監督作品を含む)を発表したが、その多くは消失または焼失しており、フィルムがまとまった形で現存する作品は「丹下左膳余話 百萬両の壺」(1935年)、「河内山宗俊」(1936年)、「人情紙風船」(1937年)の3本しかない。

そのうえ「丹下左膳余話 百万両の壺」の現存フィルムは、戦後再公開時にGHQの検閲でクライマックスのチャンバラシーンがカットされた不完全版であり、後にそのカット部分はわずか約20秒の玩具フィルム(ただし音声は欠落している)で発見された。

2020年、国際交流基金と各映画会社の共同事業として、現存する3本の4Kデジタル修復版が作られ、2020年の第33回東京国際映画祭の日本映画クラシックス部門で上映された。で、今年の新春特番でそれが観られたってワケ。激アツでしょ。
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件の「丹下左膳余話 百萬両の壺」、日本映画史上の傑作中の傑作、と言っても足りないほどの、まさしく「神作品」でした。プロットの緻密さや考え抜かれた小道具の使い方に加えて、天才・山中貞雄の演出や画面づくり、完璧な映画美術、リズミカルなテンポが心地よくて痺れた。膝を打ちすぎて膝パーカッションしてしまうくらい。どこかのスクリーンで観る機会があるならば絶対に見逃さないでほしい。

丹下左膳余話 百万両の壺
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映画の余韻に浸りながら、いつものオレンジのトンネルを抜けて現世に還っていく。
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「映画と餃子の会」榛じいと新年会。今年もたくさん観ましょう。

 

解散後、ちょっと時間が早かったので一人でもう1軒。たまには開拓してみよう。路地裏の赤ちょうちんに惹かれ「炉端ふねさん」へ。

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男性店主が一人で切り盛りする小さなお店だが、メニューは酒飲みホイホイなアテばかり。新年から飲みすぎなので、黒霧島のお湯割りでゆっくりいきましょう。珍味・かつお腹皮炙りにたっぷり大根おろしをつけてクピリ。
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薄く切った長いもをさっと焼いて醤油を塗ったもの、家でもやりたい。サクサク食感とほっくりした甘味が酒に合うんだ。
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店主の故郷・秩父名物らしい「しゃくし菜漬け」。野沢菜よりも塩味が控えめで、乳酸菌発酵が感じられる爽やかな一品。とても美味しかったので秩父行ったら買いたい。


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本ししゃも。最近は偽ししゃも(カペリン)が出回っているので貴重な1尾ですね。


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「ちょっと失敗しちゃったのですが…」と出してもらったのは山椒漬け。辛い南蛮と粕を寝かして、それに野菜を漬けたもの。南蛮を入れすぎて辛すぎくし過ぎたらしい。辛い物好きなので美味しくいただけました。

 

お酒や肴が豊富で、ひとり2次会利用にちょうどいいお店だった。また行こう。オミクロン株の脅威で居酒屋酒提供がいつまで続くか分からないので、行けるうちに。