盛り場放浪記

花街を歩くことが楽しみな会社員による、酒とアートをめぐる冒険奇譚。

変態礼賛映画「TITANE/チタン」を観た

「私は今、一体何を観ているんだ…」

横浜ブルクの空いたレイトショーで唖然としながら、時にスプラッタなシーンから目を逸らし、ブラックユーモアの効いたシーンでクスリと笑い、音楽と光と女体に興奮し、ラストには何故か一粒の涙を零した。何から何まで理解が追い付かない。考えるな、感じろ。ジャッキーの言葉を唱える。

2022年の人類にはまだちょっと早いんじゃないかな、この映画。でもあと数年したらすごく評価される気がする予感がある。

映画『TITANE チタン』公式サイト

 

映画「TITANE/チタン」。ポスターがいかしてて気になっていた。それで調べたら、ロリータ・カニバリズム青春映画「RAW 少女のめざめ」で鮮烈なデビューを飾ったフランスのジュリア・デュクルノー監督の長編第2作だと言うじゃない。生半可な気持ちで挑めないけれど、観なきゃいけないやつじゃん。

 

gaga.ne.jp

 

完全にシラフだと勇気が出なかったので、野毛で1杯引っかけてから出陣。これは良い戦略だった。平日の夜なんかに、ちょっとお酒入れて勢いで観た方がスっと楽しめるタイプの映画です。間違っても休日の午前中に、ファミリーで賑わうイオンシネマとかで観てはいけません。

 

この映画は、幼い頃の交通事故により頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれた女性・アレクシア(アガト・ルセル)をめぐる奇想天外な物語。アレクシアは車や金属にしか性的に興奮しないメカノフィリアなクィア。いわゆる性的倒錯者。

冒頭、車とワンナイト・ラヴして身ごもってしまうんだけど、衝動的に殺人を犯してしまう凶悪殺人犯でもあることが発覚する。うん、意味が分からないと思うんだけどそういうストーリーです。

君は本物のカーセックスを目撃したことがあるか?この映画で観ることができます。私はこの映画で初めて本物のカーセックス(物理)を観ました。

 

ちなみにアレクシアはおそらくディスレクシア失語症)でもあり、劇中ほとんど喋らない。ので、ストーリーは映像から読み取る必要がある。昨今、言葉で説明しがちな映画が多い中、今映画観てる~!って多幸感あってこの演出は好きだな。あと音楽の選曲がいちいちクールで痺れる。どことなくストリップ的でもある。肉体を愛することと拒絶することは矛盾しない。

画像

あと肉体の痛みに関する映像が多くて、そのへん実はデリケートなわたくしは最初、金属の棒を耳に突っ込んだり頬っぺたに突き刺したりするシーンで怖がっていたんだけど、慣れって恐ろしいもので、最終的には「あっ、人間の乳首ってあんなに伸びるんだ・・・!」と冷静に観察できるまでになりました。

 

万人に薦められるどころか、100人中何人がこの映画を受け入れられるか未知数。だけど、私は観て良かった。もしかしたら大多数は嫌悪を示すかもしれないけれど、結構な人の心を揺さぶり、少しの人を救うかもしれない。

人間の生まれ直し(精神のスクラップ&ビルド)の話でもあり、女性の受難の話でもあり(出産はホラーだよね)、男性の生きづらさの話でもあり(打倒マスキュリン)、生と性と死(エロスとタナトス)の話でもある。そして家族と愛(とは何か?)の物語。寓話と言っていいでしょう。

映像や手法は実験的だけど、テーマ自体は実に普遍的。エロティシズムとダイバーシティがハードシェイクされて渾然一体となっていた。めちゃくちゃ個性的で度数の強さが際立った、でも意外と爽やかな後味を残すカクテル。ごちそうさまでした。

確かにパルムドールらしい映画かもしれないね。過激な「シェイプ・オブ・ウォーター」とも言えるかも。役者陣もみんなよかった。

 

ジュリア・デュクルノ監督の言葉がすごく良いので、いくつか引用。

「私の映画はすべて変態(transformation)についての映画です。そして、私の映画はすべて脱皮することについてを描いています」

「私にとって、身体とはその人の人間性を纏め上げた〈本〉のようなものだと思っています。その人自身の歴史や弱点が読み取れる」

パルムドール受賞作『TITANE/チタン』で世界を震撼!ジュリア・デュクルノー監督に独占インタビュー|カルチャー|ELLE[エル デジタル]

 

主演女優 アガト・ルセルの言葉も良い。

「この映画は、あなたがどこの出身であろうと、全く父親から愛を受けなかろうと、どれほど母親に嫌われようとも、そんな生い立ちに関係なく、あなたはそれを克服し、愛し方を学ぶことができるということを示しています」

画像

 

こういう力強いメッセージを放ち、世界をちょっとずつ変えてくれる人たちがいることに感謝しなくちゃいけないな。身を削って、肉を切らせて、骨を断つ。

 

フランスの哲学者でフェミニズムの先駆者シモーヌ・ド・ボーヴォワールはこう言った。

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」

 

世間一般の常識なんて、社会的に作られた約束事に過ぎない。自分の欲望や生き方は自分で決めろ、曝け出せ。すべてぶち壊してゼロから始めてみろ。私はこの映画からこんな激励を受け取りました。何かしらに抑圧されているイイ子ちゃんは、一度このぶっ飛んだ映画観て理性を吹き飛ばすのもいいかも。・・・その後の責任は取れないけどね。